K. Inoue
(更新)
カタカナ語となってすっかり日本語に定着した英語はたくさんありますが、逆に英語に定着した日本語も多くあります。
たとえば “karaoke”(カラオケ)や “manga”(漫画)といった娯楽、 “judo”(柔道)や “karate” (空手)、 “sumo”(相撲)といったスポーツ、そして “miso”(味噌)や “tofu”(豆腐)などの食品など、たくさんの日本文化がその言葉のままに英語で市民権を獲得しています。
最近では “karoshi”(過労死)や “hikikomori” (引きこもり)といった社会的に話題となっている言葉も英語として受け入れられるようになっています。
そしてこれらの大半は、日本語の意味そのままに英語でも使われています。
しかし、面白いことに、中には私たちのよく知っている本来の意味とはちょっと違った、意外な意味で英語に取り入れられている日本語があることをご存知でしょうか?
今回は「え、英語ではそんな意味で使われてるの?」と思ってしまう5つの日本語をご紹介します。
冬のこたつを彩る定番の食べ物と言えば「みかん」。日本では温州みかんが代表的ですが、これが英語で “satsuma” と呼ばれることがあります。
「サツマ」と聞けば、普通私たち日本人は「薩摩(鹿児島)」や「サツマイモ」を連想しますね。ところが英語圏では「(温州)みかん」の意味で使われているのです。
なぜ“satsuma”が「みかん」の意味で使われているのかについては諸説あります。『世界大百科事典』によると、そもそも温州みかんは鹿児島県の長島というところが原産地だと推定される、とのこと。後に海外にわたったとき、その地名にちなんで “satsuma” と呼ばれるようになったという説です。
他には、アメリカの日本大使だったバン・バルケンベルグという人物の夫人が温州みかんの苗木を鹿児島から故郷に送ってもらったことに由来するという説、幕末期、薩英同盟締結に際し、双方の友好の印に薩摩藩からイギリスに温州みかんの苗が渡されたことに由来するという説、さらに薩英戦争で勝利した薩摩藩がイギリスに温州みかんを輸出することを約束させたことに由来するという説などもあります。
どれが正しいとは言い切れないのですが、温州みかんが歴史の中で海外に渡ったことは事実です。そしてそれが “satsuma” の名称で英語に取り入れられているのはとても興味深いことですね。
ただし、実際のところ “satsuma” が「みかん」の意味で定着しているのは主にイギリスです。
私の知り合いのアメリカ人とオーストラリア人の英語講師に尋ねたところ、いずれも「 “satsuma” なんて聞いたことがない」と言っていました。私自身の生活経験的にも、アメリカでは “satsuma” ではなく “tangerine” や “mandarin” と呼んでいました。
一方、イギリス人講師に聞いてみると「イギリスでは普通にみかんのことを “satsuma” と呼ぶ」とのこと。『ジーニアス英和大辞典』にも「主にイギリス」で “satsuma orange” と呼ぶことが注意書きされています。
「みかん」を意味する “satsuma” は興味深くはありますが、その定着度合いには地域差や個人差がかなりあるようですので、誰にでも通じると思って使わない方が良いのかもしれませんね。
なお、「みかん」をそのまま “mikan” と言っても通じるところもあるようです。
Why you should pick up satsuma oranges the next time you go grocery shopping: https://t.co/66uN4SxDyH pic.twitter.com/WhLvvRncpV
— Cooking Light (@Cooking_Light) December 3, 2017
次スーパーに行ったとき、みかんを買うべき理由
“manga”(漫画)や “anime”(アニメ)が単に言葉としてだけでなく、日本由来の文化としても海外に浸透していることをご存知の方も多いと思います。
これに伴い、漫画やアニメでよく登場する “senpai”(先輩)という言葉もまた英語に浸透しつつあります。ところが、海外で定着したその意味はとても意外なもの。
「先輩」と言えば普通は「学校や会社などの社会集団において自分よりも年上の人や、自分よりも早くからその環境に身を置いている人」といった意味ですね。
ところが英語になった “senpai” は「自分の気持ちに気づいてくれない人」という意味で使われているのです。
漫画やアニメにおける“senpai”は、しばしば「少女が恋焦がれる年上の男の子」という位置付けで扱われます。「憧れの先輩」、「大好きな先輩」・・・そんな「先輩への恋心」に美少女が頬を赤らめている姿を想像することは難しくありませんね。
そして多くの場合、その「憧れの先輩」は、なかなか彼女たちの気持ちに気づいてくれず、恋心むなしく少女たちはやきもきするのです。
漫画やアニメで頻繁に描かれるこうした少女と「先輩」の構図から、 “senpai” は、私たちのよく知る一般的な「先輩」の意味を通り越して「自分の気持ちに気づいてくれない人」という恋愛系作品特有の意味でとらえられるようになったのです。
試しに海外の大手検索エンジンで “senpai” を画像検索してみると、
といった文言と共に描かれる少女たちのイラストが山のように出てきます。「自分の気持ちに気づいてほしい、だけど気づいてくれない先輩」への少女たちの抱える片想いの切なさが前面に押し出されているのですね。
社会的に当たり前に認知され、受け入れられるようになったオタク文化は今や世界に誇る日本のサブカルチャー。その影響が言語にまで及ぶ姿を見るとき、文化が言葉を運ぶその力を思い知らされるような気さえします。
ただし、上記のような意味での “senpai” はサブカルチャー特有のものですから、漫画やアニメにあまり馴染みのない人には(今のところは)まず通用しない言葉と言えるでしょう。
それどころか、一般的な意味での「先輩」のつもりであっても、日本に馴染みのない人にはやはり通じないと思います。その意味ではまだまだ完全に英語に定着しきっているわけではない、発展途上の言葉であるということは付け加えておきます。
“senpai” は英語の中でどこまで成長していくのか、今後が楽しみですね。
But I hope Senpai notice me o(╥﹏╥)o pic.twitter.com/w365T235ai
— Abad Federico (@abad) May 3, 2017
(LinkedInではなく)先輩に気づいて欲しいのに
「布団」と言えば日本で一般的に用いられる寝具ですね。「敷布団」と「掛布団」があり、畳やベッドに敷いて寝ているという方がほとんどではないでしょうか。
実は英語にも「布団」をそのまま英語に直した “futon” という単語があります。でも英語の “futon” は、私たちが日常的に使う「布団」とは大きく異なり、「ソファベッド」のことを表します。
昼間はソファとして、夜には背もたれの部分を寝かせて平らにしベッドとして使うことのできるソファベッドは、一つで二役こなしてくれるとても便利な家具。部屋が狭くてベッドとソファを両方置くことのできない方や一人暮らしの方など、日本でも利用されている方は多くいらっしゃると思いますが、英語の “futon” はこの「ソファベッド」のことを意味するのです。
また、“futon” は床に置く「マットレス」のことを指すこともあります。
以前にアメリカでキャンプに出かけたとき、一緒に行った友人に「夜は “futon” で寝るんだ」と言われました。当時(英語の) “futon” を知らなかった私は、最初は「 “futon” って何?」と思ったのですが(発音が「フーターン」のように聞こえたため認識できなかった)、寝るときに使うものだという説明を受けて「布団」のことだと思い当たりました。
それで「へえ、日本式の敷布団や掛布団をキャンプ場までわざわざ持ってきたのか。「布団」は英語でも “futon” と言うのか」などと感心していたら、登場したのは空気を入れて膨らませるエアマットレス。
それを床に置いて、自分たちは寝袋に入ってその上に横になって寝るというスタイルでした。考えてもみれば、荷物になる布団をキャンプなんかに持っていくはずないですよね。“futon” が「マットレス」を表すことを学んだ瞬間でした。
ちなみに、海外の通販サイトなどで “futon” を検索してみると、やはりソファベッドやマットレスが大量にヒットします。 “futon sofa” や “futon mattress” と言った名称で売られていたりもします。
One futon. Multiple positions. Many ways to relax this holiday season!
RT to #win #WalmartWednesday. https://t.co/Mj9Hu0evfo pic.twitter.com/LIyt0CaEFG— BHG Live Better (@BHGLiveBetter) December 20, 2017
一つのソファベッド。様々な使い方。今年のホリデーシーズンはリラックスのバリエーションが多くなりそう!
“futon” のように一般家庭にあるもので面白いのは “hibachi” です。もともとの日本語は「火鉢」。
「火鉢」は日本の伝統的な暖房器具で、壺のような形をした陶器の入れ物(金属や石でできたものもある)に炭を入れ、火を起こして暖をとったり、ときにはお湯を沸かしたりすることもできるものですね。
日本では「火鉢」を一般家庭で見かけることは今ではほとんどないと思いますが、海外では “hibachi” の名は広く知れ渡っています。でも、その姿形はまるで別物。
海外で活躍している “hibachi” は、バーベキューで肉や野菜を焼くための「グリル」なのです。
どういう経緯で「火鉢」が “hibachi”(グリル)となったのかということについては諸説あって明らかではないようですが、日本式のお手軽調理機器、といったニュアンスで英語に取り入れられるようになったようです。
“futon” 同様、海外の通販サイトで “hibachi” を検索してみると、バーベキューコンロやグリルセットがたくさん出てきます。
特にアメリカでは週末や休日になると家のテラスや庭でバーベキューを楽しむことが多く、そのために “hibachi” を置いてある家庭はたくさんあります。私が暮らしていたアメリカの家にも当然のように “hibachi” がありました。
さらに "hibachi" は「肉や野菜などを焼く」という目的から、同じ目的を持つ「鉄板」を指して使われることもあり、「鉄板焼きレストラン」を "hibachi restaurant" とか "hibachi steakhouse" などと呼ぶこともあります。
“hibachi” は本来の「火鉢」以上に外国で普及していると言えるかもしれませんね。
My NY strip cooking on the hibachi grill @pbfoodwinefest @CafeBouludPB #pbfwf #bouludbrunch pic.twitter.com/Q2mQVqhAla
— Chef Marc Murphy (@chefmarcmurphy) December 13, 2015
グリルでニューヨーク・ストリップ・ステーキ焼いてる
最後にご紹介するのは “kombucha” です。
このスペルから察するに、「昆布茶」のことであろうことが想像できるのですが、英語の “kombucha” は実は「紅茶キノコ」のことなのです。
「紅茶キノコ」とは、紅茶や緑茶に菌や酵母を加えた発酵飲料のことです。
あまり聞かない飲み物ではありますが、「紅茶キノコ」には乳酸菌や酵素、ポリフェノール、ミネラル、ビタミンなどの栄養が豊富に含まれ、日本では1970年代半ば頃に健康飲料品として一時的にブームになりました。この記事をお読みの方の中には懐かしい気持ちで思い出されている方もいらっしゃるかもしれません。
日本でのブームは一旦去ったものの、海外セレブの多くが愛飲していることをきっかけに、最近になって再び「紅茶キノコ」を取り扱うお店も登場しています。テレビで取り上げられたり、ネットショップでもダイエットや美容のための健康ドリンクとして豊富に取り揃えられていたりと、徐々に話題になっているようです。
さて、「紅茶キノコ」が “kombucha” と呼ばれる理由についてですが、瓶などに入れて発酵させる際にできるゼラチン状の塊を海草の昆布と勘違いしたからとか、酵母茶を聞き間違えてしまったからとか、やはり諸説あるようです。
少なくとも私たちのよく知る「昆布茶」とは全く異なる飲み物であることは知っておいていただければと思うのですが、一方で、そもそもキノコでもないものを「紅茶キノコ」と日本語で名付けた理由もまた不思議ですね。
容器の中にできるゼラチン状の塊がキノコのように見えることからそう呼ばれるようになったそうです。菌のつながりでキノコを連想した、という理由もひょっとするとあるかもしれません。
「勘違い」とか「聞き間違い」とか「見間違い」とか、物の名前というのは、意外といい加減に決まるところがあるものですね。
I brewed kombucha to clear out my system (and lived to write about it): https://t.co/7xXlgoHD3c via @runnersworld pic.twitter.com/nwdT2rCxGz
— Women's Health (@WomensHealthMag) December 4, 2017
デトックスのために自分で紅茶キノコ作ってみた(そして生還してこの記事を書いた)
いかがだったでしょうか。
英語では意外な意味で使われる日本語をご紹介してきました。
多くの言語は、外来語を取り入れることでその語彙や使い方を増やし、表現の幅を広げることに成功しています。これを「借用」と言います。英語も日本語も決して例外ではなく、様々な外来語を借用し、それらが入り交じり、根付き、呼吸しているものです。
でも、今回ご紹介したように、それら借用語の全てが必ずしも、もともとの言語の意味をストレートに運んでいるとは限りません。
そんなとき、私たちはともすれば「本来の意味とは違うではないか」「本来の意味通りに使うべきだ」「誤解のもとになるではないか」などと、自分たちの言葉を愛し誇りを持つが故に、つい批判的に指摘したくなることもあるかもしれません。
ですが、日本語に浸透したカタカナ英語を見ても、たとえば「テンションが高い・低い」の「テンション」、「電源コードなどを差し込む穴」を表す「コンセント」など、まるで本来のものとは違った意味で日本語の中で平気で使われている英語は多くあります。
英語本来の意味を失った、日本語の中でしか通じないカタカナ英語は多くあり、私たちは違和感なくそれらを使用しているのです。
そんな現実に目を向けるとき、「みかん」を表す “satsuma” も、「気持ちに気づいてくれない」 “senpai” も、ひょっとすると「テンション」や「コンセント」と似たようなものなのかもしれないなと思い当たることができるはずです。
英語本来の意味を失ったカタカナ英語を和製英語と呼ぶのなら、日本語本来の意味を失った日本語由来の英語を英製和語とでも呼ぶことができるかもしれません。
いずれも「意味がおかしい」と跳ね除けるのではなく、本来の意味に縛られないそれぞれの特有の使い方なのだと理解し、受け入れ、尊重して柔軟に付き合っていくことができれば、言葉の楽しさを一層噛みしめることができるようになるのではないでしょうか。
今回の記事が、借用される言葉の面白さを感じていただけるきっかけとなれば嬉しいです。