濱名 栄作
(更新)
スペイン北東部、バスク地方に位置する小さな街、サンセバスチャン。
「美食の街」として栄え、連日、世界中の食通たちの舌を魅了し続ける。
そんなセバスチャンに移り住んで20年以上になる日本人女性、山口純子さん。
彼女自身も、この街とこの街の「食」に魅せられた内の一人である。
職業は「美食コーディネーター」。
なんだか聞き慣れない言葉だが、一体どんな活動をしているのだろうか?
また、サンセバスチャンの何が彼女をそこまで虜にするのだろうか?
今回のインタビューでは、DMM英会話代表の上澤が実際にサンセバスチャンを訪れ、山口さんと食事を共にしながら、世界一の「美食の街」サンセバスチャンの魅力と、その地で活躍する彼女の生き方についてお話を伺った。
ー まずは今どのような活動をされているのか、簡単な自己紹介をお願いします。
美食に関すること、例えば最近では世界的にバスクの「食」が注目されていて、テレビや雑誌の取材が多く来るんですけど、それのコーディネートをしたりする「美食コーディネーター」として活動しています。
私が住むサンセバスチャンには、バルセロナのサクラダ・ファミリアのような世界遺産はないですが、三ツ星レストランが3つもあるなど、素晴らしい「食」とレストランがたくさんあるので、そういったところにお客様をお連れして、さらに深く知って頂く、という「美食ガイド」のようなお仕事ですかね。
また、スペインやバスクと日本の自治体を繋いだり、自治体と企業を繋いだりといった活動もしています。あとは自治体の視察や、大学教授の研究対象のリサーチをするお仕事も年々増えていますね。
ー 美食コーディネーターになろうと思ったきっかけは?
食べるのがもともと大好きだったのですが、ここに来たきっかけは実は語学留学で、それまではサンセバスチャンが「食」で有名っていうのは知らなかったんですよ。
でもここに住んでいると、色んな美味しいレストランに行くじゃないですか。すると、そもそも「食」が大好きな人間なので、美味しいものを食べた時に、料理の感想とか解説が、原稿用紙2枚分くらいバーって一気に出てくるんです。
でも当時って、それを書いてどこかにアップするっていう時代じゃなかった。それで、自分の中でそうした情報を蓄積していたら、ある日、グルメ本を作りたいっていう女性が来て、それが一番最初の「食」のお仕事でした。
誰かが「美味しいものを食べるならこの人に聞いて」って私を推薦してくれたみたいで、その時に「あ、そうか!もしかしたら私の知識や経験って価値があることなのかもしれない」と思ったんです。
要するに自分への投資。すっごい長い投資があって、現在はお仕事として三ツ星レストランをはじめ、美味しいレストランに毎日のように行く生活をさせてもらっていて、今も飽きることなく食べてます(笑)。
ー 山口さんの食べっぷりを見ていると、今のお仕事は天職ですね(笑)。
「食」以外で、自分の個性が美食コーディネーターというお仕事に通じていると思う部分はありますか?
小さい頃から特に好きだったのが、英語と歴史。でも歴史って、全然就職に役立たないんですよ(笑)。
だから今の仕事ですごく良いのは、この街の歴史とかを学校の先生やお友達から聞いてインプットしたものを、アウトプットすることができるという点です。
例えば歴史が好きなお客様が来たら、永遠にスペインやバスクの歴史とか、そういった社会的なことを説明して、全然そういうのに興味がない人には、ずっと食べ物の話。もちろん食べ物の歴史もあるじゃないですか。
なので、「自分の好きなことを活かせる仕事ができている」と考えると、恵まれているなあと感じます。
ー 1995年にスペインに移住されたということですが、なぜバルセロナやマドリードではなく、サンセバスチャンを選ばれたのでしょうか?
やっぱりなんか運命みたいなのがあって。
というのも、当時の日本ってすごくモノに溢れていて、「こんなにいっぱい持っているのに、あれを持ってない自分がダメ」みたいな感じで、私自身も物欲に囚われていたんですね。
そんな時に旅行でスペインのグラナダに行ったのですが、みんな何も持ってないのに幸せそうだったんです。それでスペインが好きになって。
次にバルセロナの大学へ留学したんですけど、もっと違う所が良いなあと思い、気候も良いし食べ物も美味しいということで、サンセバスチャンに来て、現地の大学に通うことにしました。
※グラナダ:スペイン南部、人口約25万人の都市
ー なるほど。サンセバスチャンの魅力はどういった部分ですか?
先ほどもお話しましたが、ここには世界遺産のようなものはないですけど、「食」っていうのは1年を通じて旬があるので、同じレストランに行っても毎回違う料理を食べることができるんです。
サクラダファミリアだったら、1回行ったらあと5年行かなくてもいいかなとか、美術館だったら1回でいいかなとか、そういう風に考える人も多いと思いますけど、サンセバスチャンは生きているので、毎回違うものを楽しめるんですよ。
あと、ここの人たちは日本人とよく似ていて、控えめで丁寧。愛想はないですけど、それも恥ずかしがり屋だからなんです。
サンセバスチャンに来るとですね、「何かを見た」とかそういうのはないですけど、「美味しい」という記憶と「人が良かったな」という思い出、両方を作れると思いますよ。
ー 逆に日本人として誇りに思えること、バスクやスペインの人に、日本ってこういうところが良いよと自信を持って言えることはありますか?
たくさんありますね。例えば、サンセバスチャンの人はすごい親日的なんですけど、それにはちゃんとワケがあって。
スペインのギプスコア県という工業地帯に部品工場とかが沢山あるんですけど、そういう工場で使われている大元の機械の多くは日本製なんですね。
それで機械が故障した時に、日本に電話するじゃないですか。すると、次の日には日本からエンジニアが来るんですけど、彼らは機械のことは何でも知ってるんですって。それで黙々と修理をして、作業が終わると高いご飯を食べるわけでもなく、工場の人と一緒にサンドイッチを食べて1日で去っていくんです。
ー かっこいいですね!
私はこの話を別々の工場の3人から聞いたんですよ。「日本人のエンジニアはすごい。仕事だけして黙って帰っていくんだ」って。
でも私はその時に、「その代わり、お父さんに運動会に来てもらえなかった子供がいるんだよ」って付け加えますけどね(笑)。
うちのカメラマンさんも黙々と働いてくれていて、みんなに尊敬されています。みんなが食べている時でも働いているから。
・・・
カメラマン) 僕はサンドイッチだけじゃなく、美味しいものも食べて帰りますけどね(笑)。
ー (笑)。サンセバスチャンが美食の街としてこれだけ栄えた理由は、どういうところにあると思いますか?
やっぱり脈々と続いているバスクの食文化がベースにあると思いますね。
この辺りには、「喜びも悲しみも食卓で分かち合う」という考え方があって、例えば、誰かが結婚をした時はご飯をみんなで食べて喜びを分かち合う、また誰かが亡くなった時は、お葬式で集まった人たちとご馳走を食べて悲しみを分かち合うんです。
言ってみれば、常に食卓で、常に食べることで、済ませる文化がありますし、特にサンセバスチャンには食べることに重きを置く人たちが住んでいるんですよね。
あとスペインの他の地域は、天気も良くて目の前に海があって、暑い時は水着になることも多いので、あんまり食べない人が多いんです。一杯食べると、お腹が出ちゃってかっこ悪いじゃないですか。
でもここは、雨が降っててどんよりとした天気の日も多いので、それを盛り上げる役割を果たしているのが「食」なのだと思います。
ー 昔から英語が得意だったとお聞きしましたが、実際に海外で英語を使った時はどうでしたか?
中学校の時はいつもテストで100点取るのを目指してやっていましたし、高校に入っても英語好きは変わらず頑張っていたのですが、20歳の時にアメリカに行ったら、誰も自分の英語を理解してくれる人がいなくて、非常に傷ついたんですよ。
本当に言ってることが全く分からなかったし、私が言ってることも理解してもらえない、という最悪な状況で。3ヶ月しか勉強していないスペイン語の方が通じるっていう…そんな危機的な状態でした。
でもそれから大人になってロンドンに行った時、ロンドンの人は普通に話を聞いてくれて、自分が話していることも通じている感覚があったので、アメリカでの挫折で失った自信をロンドンで取り戻したって感じですかね。
ー 普段は基本的にスペイン語でのコミュニケーションが多いと思うんですが、英語を使われる機会もあるのでしょうか?
日本人のお客様を相手に、スペイン人の英語(スパングリッシュ)を日本語に訳したりはしますね。欧州の英語はそれぞれの国の訛りがあって、慣れない日本人には分かりづらいので。
ー なるほど。山口さんが英語を使う時は、頭の中はスペイン語と日本語どっちで考えてるんですか?
スペイン語ですね。日本語の方が難しいじゃないですか、文法とか逆なので。
英語とスペイン語は似ている言葉が多くて、例えば「理解する」という意味の英単語 "comprehend" って学術的で日常会話ではあまり使わないですけど、スペイン語の日常単語の中に "comprender" という同じ意味の似た単語があるので、"understand" よりもわかりやすかったりするんです。
なので、英語を使う時も頭ではスペイン語で考えています。
ー 面白いですね。料理や味の繊細なニュアンスを外国語で表現するのは特に難しいと思うのですが、伝える際に意識していることやコツはありますか?
例えばワインを飲んだ時に、日本語だと「深みがある」とか言うじゃないですか。そしてもちろん同じ意味を表す言葉がスペイン語にもあって、それを知ってるし使えるんだけれども、そこの日本語⇔スペイン語をくっつけるのが大変なんですよ。
ワインを飲んだ時の日本語の感想と、スペイン語の感想を覚えておいて、そこをくっつける。それぞれを覚えて理解するのは簡単ですけど、スペイン語脳と日本語脳をくっつける、ボキャブラリーを合わせることが大事で、これが出来ていないと通訳やコーディネーターとして呼ばれたときに対応できないんですよね。
なので常日頃、「自分が今思ってることは何て言うんだっけ」と意識するようにしていますし、この仕事をするにはワインのボキャブラリーが必要ということで、ワインの学校にも通いました。
特に料理やワインなんかは、実際に食べたり飲んだりする人は味を感じられますけど、ただ書いてあったり聞いただけではイメージしづらいじゃないですか。
なので、二つの言語のニュアンスをいかにして擦り合わせてお客様に説明していくか、を大切にしています。
ー 今後についてはどのようにお考えですか?
以前から、何かを通じて日本とバスクを繋げたいなという思いはあって、今は美食というツールを使って、いろんなところを繋いでいるんですけど、今後も更に色々とやっていきたいなと思います。
そのために今も毎日毎日いろんな人に会っていて、相手の情報と話した内容を全てインプットしているので、誰かと「こんなことやりたい、あんなことやりたい」って話した時に、必要な人や企業を繋げるようにしていきたいですね!
ー 素晴らしいですね!これからもスペインで暮らしていく予定ですか?それともいつかは日本に戻るのでしょうか?
答えははっきり決まっていて、絶対に日本に帰ることはないですね。
自分という船の錨を降ろしたのは、ここサンセバスチャンなので。
別に世界中どこにでも行くことはできるけれども、絶対この港から出ることはありません。
「世界の自分の居場所」というのを考えた時に、私はここだなと思っています。
そもそも日本に帰ってやれることがあるのだろうかみたいな(笑)。非常識で社会不適合な人間なので(笑)。
ー それでは最後に、英語学習者や、海外に出て活躍したいと思っている方々にメッセージをお願いします。
もし自分のやりたいことがあるのなら、迷わずやればいいと思います。
そして、まずはやりたいことの目的を決めて、しっかりとお金を貯める。やっぱりお金がないと、制限される部分も多いので。
目的があれば、お金を貯めてる間も充実するはずです。
ただ「海外に行きたいな〜」とかではなくて、「語学留学をして英語を勉強したい。そのためにお金を貯める」というように、もっと目標や目的に意味をつける。
そうした目的意識を持つだけでも、毎日が楽しくなりますよ!
「好きを仕事にする」
簡単なことではありませんが、山口さんのように好きなことに対する投資と努力をコツコツと続ければ、いつかチャンスは訪れる。
そう思わせてくれるインタビューでした。
そして「目的意識を持って取り組めば毎日が楽しくなる」。
この言葉にハッとさせられた方も多いのではないでしょうか?
仕事然り、英語学習然り、ついつい目的を見失いがちですが、目的をしっかりと定めて、少しずつ前進していきたいものですね。
※インタビュアーDMM英会話代表 上澤と。