「本当に自分がやりたいこと」高みを目指し挑戦し続ける 卓球 吉田海偉選手

今回、ポーランドから日本へ一時帰国中の吉田海偉選手へのインタビューが実現した。
グローバルアスリートプロジェクトでは、世界に挑戦する日本人アスリートを語学面から応援サポートしているが、吉田選手はサポート選手ではなく唯一の“所属選手”だ。
試合ではグローバルアスリートプロジェクトのロゴをつけプレーされている。

2016年10月でポーランドに渡り3年になるが、日本には奥様であり卓球選手でもある小西杏選手と3歳になるお子様もいるため、両国間を行き来する忙しい生活を送っている。
性格は明るくポジティブ、そしてユーモラス。そんな会うものを魅了する吉田選手のこれまでとこれからのビジョンに迫った。

引退の危機だった?活躍の場を求めヨーロッパへ

2014年、折りしも吉田選手が所属していた会社が倒産し、突然の無所属となってしまう。

「どうしようか悩みました。結婚して子供もいましたし、妻とよく話し合いました。まだ戦えるのに引退したらもったいないし、それで『ヨーロッパでプレーしかない!』って思ったんです。
ヨーロッパだと午前も午後も練習、それが仕事というのが魅力でした。
日本だと実業団に所属して仕事をしながらの活動なので全く違います。プロとしてやりたいって思ったんです。」

自分の可能性を信じ、吉田選手はポーランドへ渡った。そしてしっかりと爪痕を残している。

「今年、僕の所属しているチームはポーランドリーグ2連覇しました。その後、ヨーロッパのクラブチーム最高峰を決めるチャンピオンズリーグではポーランド初のベスト4入賞を果たしました。」

前回の全日本選手権ではヨーロッパチャンピオンズリーグと日程が被ってしまったため、やむなく棄権となった。
活動の場がヨーロッパということもあり吉田選手のプレーを日本で見ることはなかなか出来ない。そのため、心待ちにしていたファンは少なくなかっただろう。

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(2016年6月に開催されたポーランドリーグにて。)

「7歳から寮生活です。」中国で培った卓球の基礎

中国で生まれ育ち、幼い頃から卓球の練習に打ち込んでいたという。当時の様子を聞いてみた。

「練習時間は多かったですね。家からはそんなに遠くないですが、7歳から寮に入りました。平日は朝からランニングと練習、授業を受けてまた練習。先輩後輩関係なく共同生活で軍隊みたいでしたね。でもそれくらいしないと強くならないんですよ。それに気持ちの面でも強くなります。」

当時は中国のナショナルチームを目指していたという。

「ずっとナショナルチームに入りたかったんです。やっぱり国の代表ってかっこいいじゃないですか。強いという証にもなりますし。」

そんな時、強い選手を求め、青森山田高校の監督らが中国を訪れる。そこでチームの中心人物であった吉田選手に白羽の矢がたったのだ。

「日本に行くなんて考えてもいなかったので、最初すごく悩みました。でも当時の監督に相談したら、『勉強になるし行ってきなさい。』と言われて。両親は監督に任せますっという感じだったので、最終的に日本行きを決めました。」

そうして高校生活の3年間を目処に来日。日本語が全く分からない状態だったが、日本でも卓球漬けの日々が始まった。

「一日一日が本当に長かった(笑)」

「高校生活はすごく長く感じました。とにかくインターハイで勝たなきゃいけないので、特別に午後の授業が免除されました。2時から7時までずっと練習なんですけど、日本語がわからないので監督が言っていることもわからないんですよ。それでも怒られるし、何度中国に帰ろうと思ったかわかりません(笑)。

朝練の前からメンバー同士の勝負が始まっています。
みんな自主的に早起きをするので、僕はそれより早起きをしていました。
でもそのうち他の人がもっと早く起き出す、なので僕は更に早起きしていました(笑)

誰よりも練習したことが自信になります。
そうすることによって『絶対負けない。』という強い気持ちを持てるようになるんです。

努力が自信へ、自信はメンタルの強さとして試合に活かされる

「高校時代の思い出はいっぱいありますが、やっぱり1年生の時に出場した東北大会で優勝したことです。決勝戦の相手は2年連続でインターハイ2位という有名な中国人選手でした。頑張って練習してきたので、勝った瞬間本当に嬉しくて号泣しました。

僕、メンタルは強いんですよ。それはやっぱり努力してきたっていう自信があるから。メンタルが強くないと(高校時代)インターハイで3連覇なんてできないし、全日本チャンピオンにいきなり勝つことは難しいです。」

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全日本卓球選手権大会男子では初出場にしてシングルス優勝という偉業を成し遂げ、素晴らしい成績を残していく。
ひたむきな努力が報われ、順風満帆な卓球人生送っていた。しかし、ある試合での敗戦が吉田選手を引退まで追い詰めた。

「2012年にスウェーデンで行われた試合で、一回戦負けしてしまったんです。実はその時ロンドンオリンピックに出場できるかもというチャンスがあって、絶対よい成績を残さなくてはいけなかったんです。それなのに負けてしまい、これからどこに向かって頑張ればいいか分からなくなりました。」

競い合っていた選手たちは結果を出し、オリンピックへの夢を掴んでいく。
目標を見失ってしまった吉田選手は、一度 “引退” という形で第一線を離れることになる。

本当に自分のやりたいこと、好きなこととは

「引退後は愛媛県で子供たちや主婦の方々の指導をしました。総監督を務めていたので待遇も良く安定した生活を送っていましたが、正直とても物足りなかったんです。」

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これは本当に自分がやりたいことではないと感じました。プレッシャーや辛いこともありますが、卓球選手として戦いたいと思ったんです。

そして1年後に出場した全日本選手権で、見事3位に輝く。

「『僕はやれる。』ともう一度自信を持つことができました。」

その後は冒頭でも述べたように、ポーランドへ渡りヨーロッパで快進撃を続けている。

「ドイツオープンでもベスト8になりましたし、周りから今の方が強いんじゃないかと言われますよ。確かに今の方が安定しているし、無理せず落ち着いて自分のプレーができるようになりました。一回引退した期間があったからこそ、今まで以上に一つ一つ大切に試合をしています。」

「とにかく実践。」怖気づかず現地の人とコミュニケーションを取ることが大事

ポーランドでは英語でコミュニケーションをとらなければならない。
日本人の私たちもびっくりするほど流暢に日本語を操り、更に今は英語を使い生活しているという。
ストイックな吉田選手のことである、語学習得にも力を入れていたのだろうか。

勉強はしたことないんですよ!日本語も初めは全く覚えることができなくて大変でした。でもとにかく話すことに重点を置き、色々な方とたくさん会話をしました。正直、座ってちゃんと勉強したことがないです(笑)。英語もさっぱり分からない状態で行きました。日本語だけでもいっぱいいっぱいでしたから。」

そう答えるも、試合の帰り、監督が運転する車で4時間ずっと英語でしゃべりっぱなしだったという。

結局英語も実践で話していくうちに覚えました。『I love you.』とかはすぐ覚えられるでしょ?おもしろいと思ったり、必要だと感じたらその都度覚えていくんです。

DMM英会話・iKnow! についてはまだ未体験だとという。オンライン英会話はネット環境とデバイスさえあれば、世界中の講師といつでも英会話ができる。せっかくなので、YouTube動画 DMM英会話 公式チャンネル を観ていただいた。

「これはおもしろそうですね!日本にいると実際に英語を話す機会はなかなかないですし、楽しそうでいいですね。日本語・中国語が話せるので、英語のレベルを上げたら本当に色々な仕事ができると思います。今はオフシーズンですし、これからちゃんと勉強したいと思っています。」

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現在グローバルアスリートプロジェクトでは、“海外に挑戦する日本人アスリートの語学習得サポート”のほか、ネイティブ&バイリンガルの指導員が英語でサッカーを指導する、“グローバルアスリートサッカースクール”を運営している。吉田選手と奥様の小西杏選手は、そのグローバルアスリートサッカースクールの姉妹校である WEILAI × グローバルアスリートプロジェクトにて卓球と語学(英語・中国語)の指導もされている。

関連リンク
グローバルアスリートサッカースクール
WEILAI × グローバルアスリートプロジェクト

自分のやりたいことをやる、もう一度見つけた目標

奇しくも吉田選手へのインタビューが行われる数日前、水谷隼選手がオリンピックで日本男子史上初メダルとなる銅メダルを獲得し日本中が湧いていた。
2015年のヨーロッパチャンピオンズリーグでは、水谷隼選手と対戦し勝利している。どのような気持ちで見ていたのだろうか。

「水谷選手は天才だと思います。本当に無駄なミスをしないし、ジュースになると絶対に勝つ。普通の人はできませんよ。努力し身に付けた実力とメンタルの強さを兼ね備えているからこそ、今回銅メダルが獲れたんだと思います。」

続けてこう話も語ってくれた。

「だからあの試合をテレビの前で座って見ていて、『自分何してんだろう』って思っちゃいました。この間の試合でも自分より世界ランキングが格上の選手にも勝ちましたし、成績を残しています。だからやっぱりオリンピックに出たいと思いました。もっともっと強い選手と戦って、僕はまだ終わってないって示したい。そのまま引退なんて悔しいです。

今の目標は世界ランキングを上げ、オリンピックに出ることだという。

「一度引退した時に改めて卓球で勝負したいと思いましたし、自分の夢があります。目標に向かってこれからも頑張っていきます。」

吉田選手はヨーロッパチャンピオンズリーグに出場するため、10月にポーランドへ戻るという。4年後の東京オリンピックで吉田選手を見かける時、それは“日本”代表ではないかもしれない。しかし、たゆまぬ努力と今もなおファンを惹きつけるプレーに応援せずにはいられないだろう。