映画監督 紀里谷和明が語る「外側にある本当の自由」


紀里谷 和明
映画監督・演出家・写真家
1968年熊本県生まれ。83年15歳で渡米、マサチューセッツ州ケンブリッジ高校卒業後、パーソンズ大学にて環境デザインを学ぶ。94年写真家としてニューヨークを拠点に活動を開始。数々のアーティストのジャケット撮影やミュージックビデオ、CMの制作を手がける。2004年映画「CASSHERN」で監督デビュー。
09年映画「GOEMON」を発表。著書に小説『トラとカラスと絢子の夢』(幻冬舎)がある。
最新作のハリウッド映画「LAST KNIGHTS」が2015年公開予定。2014年4月よりメルマガ「PASSENGER」発行。

2015年春、未明
奇しくも紀里谷和明監督のインタビューオファーにOKの返事をもらった翌日、

紀里谷和明監督ハリウッドデビュー
の文字が目に飛び込んできました。

ハリウッド第1作目となる映画 "LAST KNIGHTS / ラスト・ナイツ"
モーガン・フリーマン、クライブ・オーウェンなど錚々たる俳優たちを起用し、
全世界へその名を知らしめることとなった、紀里谷和明監督。

ビジネスの道を志し15歳で単身渡米した少年が、アートの世界へ入り、映像で描き出してきたものの根底には何があるのか。
今に至るまで何を見て、何を感じてきたのか。
未だ日本人の活躍が少ない、ハリウッドの映画ビジネスの世界で活動するにはどのような思考が必要だったのか。

9.11の話しをしながらソファーに腰掛け、
見る人の視線を留める端正な容貌の内側にある思考の中身をじっくりと語っていただきました。

ハリウッド映画”LAST KNIGHTS / ラスト・ナイツ”
製作裏話

モーガンフリーマンも納得させる極上の脚本を映画に作り上げ、公開日を間近に控えた某日。

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ー 映画"ラスト・ナイツ"はどのような映画ですか?

「ラスト・ナイツ」は仮の題名だったんですけど、結局いい題名が思いつかずにそのままずるずると(笑)。

テーマは、人間にとって大事なものとは何なのか、
人によっては地位や名誉、お金が重要だし、また違う価値観の人たちもいるっていうことを、すごく言っている映画です。

人というのは、すなわち生きていかなければいけない。
そのために食べていかなければいいけない。
そのようなあらゆる制限があり、その制限の中でどうやって制限を越えていくか、を永遠に考える生き物だと思います。

しかし、生きるであったり、制限を超えるという事柄以前に、人には「魂」というものがあって、
「魂」は何かを自分自身に訴えかける。

多くの人たちが魂の声を聞きます。けれど耳を塞いで、いわゆる「生きるため」だけにフォーカスしていく。
それはもうしょうがないと思うし、悪いとも思わないんです。
でも、最終的には、誰しも死んでしまいますよね。
死ぬときにどのようにして自分を振り返るのか、というポイントがあると思います。
その時に、そう、どれだけ自分の魂の声を聴いたのかってことが重要なことになっていくんだろうと僕は思います。
そういうことを、この映画を通して言っているんです。

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映画製作ってすごく戦争に似てる

ー 映画製作は苦労されましたか?

往往にして映画を作るっていうのはアクシデントの連続で、思ったようにいかないものなんですね。
もともと自分の頭のなかにあるものがあってそれをどのように形に起こしていくのか、
どのように具現化するのか、ていうプロセス思うんですが、
頭の中で起こるものと、現実に出来上がるものの妥協やギャップがあります。

その差を縮めるために撮影に入る前に、脚本をどうやって具現化するのかなど緻密に延々と準備をします。

映画製作ってすごく戦争に似てるんですよね。

ありとあらゆる事象を想定して徹底的にプランニングして、さあ行くぞ、と戦いに臨むんですけれども、
どこまでプランニングしても、もちろんその通りになるわけないです。

毎日毎日びっくりするようなアクシデントが起こります。

すでに撮影が始まっているのに、映画の中の時代と全くミスマッチなサングラスを誰かがかけていたり。
モーガン・フリーマンが電気手袋のようなものを着けてて、それをそのまま撮っちゃってるよ! とか(笑)。

他にも、予定していたロケ場所が借りれなかったり、
雪が降った、雨が降ったとか、そんなの日常茶飯事ですよね。
だから思ってたものにならないんですけれども、その中で何を作るのか、ということです。

日本のシステムとは全然違って、1日12時間という確実に決められた枠の中で絶対的に撮影終わらせなきゃいけない。
押したって15分です。
今回50日撮影しましたけど、トータルで押した時間って、一時間ですよ。

日本だと平気で徹夜とかがあると思うんですが、それはあり得ない。
それによって12時間のうちの最後の一時間とかは怒鳴りあいになってやりますけれど、なにが来てもそんなに動じないというのはあります。
どうにかして対応してやらなければいけなし、文句言ってる暇もない。

ほとんどのことで動じなくなります。
これらのことすべて、指揮官である映画監督の力量だと思って望んでいるんですよ。

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日本で撮れないからハリウッドで撮る。ただ、それだけ

ー 今回ハリウッドで映画製作をするきっかけになった特別な理由や、日本で撮影することとの違いはありますか?</b">

僕からすると映画を作っているだけの話であって、ハリウッドで映画を撮っていることや、洋画や邦画といったような違いは全くないです。
単純に、地球上で映画を作っていて、必要な予算を出資してくれる先がアメリカで、公開先が全世界であるというだけのことです。
今まで作った映画との違いもないし、ただ単に僕の第三作目ということで作っています。

日本国内ではよく、ハリウッドデビューですね、と言われますが僕は違和感を感じていて、
アメリカ人という視点からみたら、いい映画が作れるのなら誰だっていいんです。

それに、日本国内だけで映画を撮ることがもう立ち行かない。
であれば、外に出るしかないですよね。

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既成概念、線引きの外側にある「自由」を知ることが重要

ー 紀里谷和明監督が考える私たちが海外で活躍するために必要なマインドとはなんでしょうか

僕は線引きが嫌いなんです。
日本人とアメリカ人、男と女、大人と子供、金持ちと貧乏人。国家という概念や、人種という概念。
人を分け、それぞれを線引きするという考え方がすごく嫌いなんです。
それらに対する嫌悪感が子供のころから僕の中にあって、その外側で生きていきたい。

本当の意味の自由ってのがすごく重要なんです。
経済的自由や政治的自由、発言の自由など色々ありますが、やっぱりすごく重要なのは、自分の既成概念からの自由だと思います。

日本人の海外進出っていう言葉も、ただの既成概念から生まれる発想だと僕は思います。
例えば、熊本の人が広島に行って商売することって別にどうってことないですよね。

日本人が海外で映画を撮ることもメジャーリーグで野球をするということもそれと同じぐらいのことだと思っています。
それに対して、僕は日本人だから、あなたは日本人だからとワンステップ入ってしまって、本来であればすぐに行けることが行けなくなる。
自分でそこにストップをかけてしまったり、ブレーキをかけてしまったり、周りの人間が色眼鏡で見てしまうっていうのがありますよね。

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英語と、喜びの関係性

英語をしゃべる人たちの心の広さと幻のコンプレックス

ー 英語が話せないから、海外に進出できないという声もよく聞きます。

日本の人たちは、英語をしゃべれないってことに対してすごくコンプレックスを持ってしまっているから、
一言発するにしても、ものすごく準備をしてる。
「お塩を取ってください」と言うだけなのに、心の中で何度も "Can you pass me the salt?" と繰り返して準備ができてやっと英語を口にします。

もしも英語でなかったらそこまでの抵抗は持たなくて、
例えば中国語だとしたら、謝謝なんてすぐに言える。

羞恥心みたいなものを持ってしまうと一年でしゃべれるものが10年かかってしまいます。
若い子がなぜ英語の上達が早いかというと、単純に羞恥心のハードルが低いからということが大きいと思います。
別にどうでもいいや思っているから、失敗しようが関係なくどんどんしゃべっていくから早いんです。
僕はそこだと思う。

これは本当に言いたいことで、
例えばアメリカの人が日本に来て、その人が日本語をしゃべれないとするじゃないですか。
でもバカになんてしないですよね。
アメリカの人がすごく下手な日本語で、こんにちはトイレはどこですか? と、なんだか変な聞き方をしたとしても、それを笑ったりはせずに教えると思います。

それと同じことで、もっと英語をしゃべる人たちの心の広さっていうのは信用するべきだと思うし、
初めは文法よりも、伝わるようにとにかく話すという行為がとても重要だと思います。

日本人の英語に対するそのコンプレックスというものは大きいけど、
それ自体は幻だから、そんなのすぐに捨て去るべきだと僕は思う。

あなたの英語を笑うのは、英語をちょっとかじっただけのまともに話せない英語コンプレックスの日本人だけです。

みんなそいつが気になってしょうがないんだけど、本当に英語で会話をしたい相手は違いますよね。

なので、英語が話せないから海外進出できない、というのは言い訳のように思います。

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英語が話せることとは喜びを経験する確率が高くなるということ

実際に英語をしゃべれることによって自分がすごく感じたのは、とにかく開くドアの数が圧倒的に違う。
ヨーロッパでもどこでもとりあえず英語は何となしに通じます。
中国でもアフリカでも、伝わらないって言っても日本語よりは伝わる。

だから出会える人の数が全然違うし、意思の疎通ができる人たちの数が全然違うし、もっと言うならば恋愛の対象も全然ちがう。
それだけ喜びを経験する確率が高くなると僕は思います。

完璧な英語を話せる人なんていないから、英語を上手に話さないといけないだなんて幻だから今すぐそのような概念は捨て去って、
その扉を自分で開きさえすれば、
その先にはもっと無数の扉が広がっています。

だから無限の扉の為にその扉を開いてくださいって僕は思う。
カギはかかってないし、ただ開ければいい。

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映画監督、紀里谷和明のこれから

ー 紀里谷監督はこれからどのような活動をされるんですか?

ラスト・ナイツの次の映画の企画も始まっていますが、それが最後でもいいかなって思っているところはあります。
映画ってものに関しても、クリエイティブなものに関しても仕事というような概念で動くことがそんなにないような気がします。

今も映画とは別に社会問題についての映像を制作して発信しています。

今、人間のあり方として、人間自身ががものすごく悲鳴を上げている感じがするんですよね…。
ものすごい勢いで回っている車輪があります。
誰にも止めることのできない車輪。

産業や戦争。企業であったり、株主というようないわゆるそういうシステムが存在していて、
それらはもう止めることができないんです。
すでに需要が存在しているから供給するために雇用があり、止めてしまうと雇用がなくなってしまう。
そしてその車輪を止めないために消費が煽られありとあらゆるものが生産される。
生産され、雇用が生まれるからいいじゃないか、とその車輪が動く。

しかし、それらの下でどれだけの人間が下敷きになっているのか、ということは語られないままです。

僕たちが、本当だったら一足でいい靴を、10足、100足と欲しがるために、
その安いものを生産するために子供たちが奴隷として誘拐されて奴隷労働を強いられたり、信じられないくらい低い賃金で働かされている人達がいる。

地球の裏側かもしれないけれど誰かがそのような苦しみを味わっていて、その原因が自分であるということに気付いたら、すごく嫌な気分になると思います。
地球の中の苦しみ、自分と全く違う世界の苦しみが存在していて、しかしながらそれをやっているのは自分であるのなら、
自分たちの行動をどうにかしなきゃいけないのではないのか?
と、僭越ではありますけれども、僕ができること、映像や物を作るっていうことで、少しでもいいから提案したいと考えています。

ー ありがとうございました。

インタビューを終えて

想像していたイメージとは異なり、
終始気さくに質問に答え、笑顔をみせつつ語ってくれた紀里谷和明監督。

私たちは無意識のうちに、見知らぬものを自分のすでにあるものの中の何かに当てはめ
枠をつくっているのだろうと考えました。

英語は上手に話せないと恥ずかしい、
英語が喋れなければ、海外に出ることは難しい。
英語が話せるようになるなんて不可能。
というのもきっとそんなものの一つ。

紀里谷和明監督の語った、思い込みの外側にある自由を手にいれるための方法が、
映画"ラスト・ナイツ"から見つかるかもしれません。

日本では今年秋に公開です。
公開時はぜひ映画館で!
私ももちろん観に行きます。

映画を見終えたら、ぜひ世界中のオンライン英会話講師と映画の感想を語りあってみてくださいね!