資金もツテもない中でNYスタートアップへ単独取材!江原理恵の「飛び込む力」とは?

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江原 理恵
RE 代表取締役/ボタニカルデザイナー
1977年生まれ。広島県出身。立命館大学文学部卒。証券会社、ベンチャーキャピタル2社を経て、2005年につながりをデザインするRE(株)を設立。お祝い花に特化した通販サイト reflower の運営を中心に、アプリケーションの開発企画、ソーシャルメディアを活用したつながりのデザインなどに取り組む。趣味でNYCのスタートアップシーンの研究を開始し、2013年10月、2014年7月にクラウドファンディングを利用して現地取材を行った。
クラウドファンディング プロジェクト 〈1回目〉 〈2回目〉

NYのスタートアップを調べるために、アポなしツテなしの状態で単身アメリカへと乗り込んだ江原さん。二度に渡るクラウドファンディングで300万円近く集めた話題のプロジェクトの裏側と、グローバルな未来を描く江原さんのこれから、そしてそんな江原さんの「英語力」について伺いました。

アメリカへと飛び込んだ、2つの理由

NYのスタートアップを取材するプロジェクトは、そもそもどんなメッセージを伝えたくてスタートさせたのですか?

1つは、「自分が得た知識・情報を還元していく」ということをやりたかった。
自分が面白いと思っていることを、同じように面白いと思う人がこの世の中にはいるのではと考えた時に、その人と出会うには、まず自分が情報を発信していかないとなと思ったんです。
そして、自分がやってきたことをインターネットに上げることで、マーケットにどのように判断されるのかも知りたいと思っていました。

もう1つは、たまたまNYのスタートアップを日本でカバーしているメディアが、当時少なかったっていうのもありますね。
NYでもシリコンバレーでも、いい情報ばっかり日本に入ってくるじゃないですか。武勇伝とか、成功した企業の話とか。実際のメンバーはどんな人たちなんだろうとか、どういう経緯でそのアイテムが生まれたのかとかは、実際に聞きに行かないと分からなかったわけです。

私もこれからグローバルで通用するサービスを作りたいという思いがあるので、自分のためにももっと突き詰めてやりたいなと思っていますね。

 

英語力は、洋楽を歌って身に付けてきた

江原さんの英語の経歴について教えてください。

4歳の頃から「Labo Party」という英語教室みたいなところで、英語の物語を聞きながら歌ったり踊ったり、体を使って表現する活動をしていました。いろんな学校から様々な学年の子ども達が集まっていて、アメリカやカナダなど海外からの受け入れもやっていました。だから小さい頃から外国の方と交流する機会が多くて、英語を使うこと自体の敷居は低かったかもしれませんね。

その後、Labo Partyのプログラムでアメリカのテキサス州にホームステイした時に「アメリカの学校って、なんて楽しいんだ!」と体感して、留学したいなと思うようになったんです。

そして、高校3年の時に1年間アメリカへ留学をしました。昔からハリウッド映画や洋楽をよく聞いていて、アメリカのハイスクールへの憧れがありました。
また、言語の習得は早い方がいいと思っていましたし、大学ではなく、どうしてもアメリカのローカルな高校で学生生活を送ってみたかったんです。

Labo Partyの経験から、初めてアメリカへホームステイした時から、ある程度英語は喋れたんですか?

全く喋れなかったです。今思うと、どうやってコミュニケーションを取っていたのかなって感じですね。中学の頃の記憶があまりなくて……とにかく楽しかったということだけは覚えています。

でも、やっぱり生活を共にするのは大事だなと思っていて、例えば、本当にお腹がすいたタイミングで「お腹すいた」という表現を学ぶとか、実際には「Hello」なんてほとんど使わないとか、そういう所は実際行ってみて分かることじゃないですか。
生活を共にすることは、言語の習得という点よりも、「相手を理解する」という上で大切だなと思いましたね。

では、江原さんはどのように英語力を磨いてきたのでしょうか?

私の場合、ちょっと変なんですけど、英語の歌をいっぱい練習するんですよ。歌詞を見ながら、完璧に歌えるくらいマスターする。
英単語を1000ワード覚えるよりも、1曲完璧に歌えるようになった方が達成感を感じやすいじゃないですか。それで私は結構ラップとかも歌っていました(笑)

英語でラップ! かっこいいですね!

ラップは歌えた時の達成感が尋常じゃないですよ。外では絶対に披露できないですけど(笑)

英語で歌を歌うことは、今も続けているんですか?

そうですね。最近は流行のアリアナ・グランデを練習しています(笑)

YouTubeとかで、歌を歌っている顔がはっきりわかる曲を観ながら一緒に歌ってみると、できなかった発音ができるようになったりして。
映像で見ると、口元がアップになるじゃないですか。「なんとなくこんな風に発音するんだな」みたいな感じで真似しています。

もちろん難しいんですけど、発音が良くなると、自分の自信になるんですよね。自信を持って喋ることがたぶん言語で一番大切だと思うので、英語を喋れるようになりたいという人には、英語の歌を練習することを勧めています。
私の場合は、単語の勉強と音楽で英語を習得してきました。

 

2年間ひたすら勉強したことが、大きな自信に繋がった

留学後も、英語を使う機会がたくさんあったのでしょうか?

いや、クラウドファンディングでアメリカに行くまで、15年くらいブランクがあったんです。イベントでたまに海外に行くことはあったんですが、日本人と一緒に行っていたので、ほとんど英語は使っていませんでしたね。

ビジネスで使う英語は、日常会話や歌とはまた違ってきませんか?

全然違いますね。特に単語、専門用語ですね。TechCrunchの元記事とかを読んでいる時に、意味がわからない文章が結構ありました。ニュアンスがポジティブで言ってるのか、嫌みで言ってるのか、全然わからない。専門用語も日本とアメリカでちょっと違うので、都度辞書を引いて調べていましたね。

でも、記事が全く分からない状態でアメリカに行ってもコミュニケーションなんて取れないだろうと思って、そこから勉強のために、英文のブログや記事を毎日5〜10記事くらい、必ず読むようにしていました。

そういった状態で取材に行くことに、不安はありませんでしたか?

そういう意味では、私はアメリカのマーケットをたくさん勉強してきたことが、自信に繋がっていたなと思います。

どこの会社の誰が、どういうことをやって、どれくらい調達した、という事実を知らないと、それって単語を知らないよりも話が理解できなくなります。登場人物とか、人間関係とかね。
私の場合は、クラウドファウンディングを始める前に、2年間くらいマーケットの勉強にひたすら時間を費やしていたんです。

だからもしビジネスで英語を使いたいと思っている人がいるんだったら、まずはその業界の用語が書いてある英文記事をたくさん読んで、知識を付けておくことが大事かなと思いますね。

リーディングとスピーキングの力はまた違うと思いますが、スピーキングはどんな準備を?

うーん……ほとんどしていなかったですね。
そこは多分、情熱が上回っていたのだと思います。聞いてみたいことがいっぱいありすぎて、という感じ。強いて言えば、歌の練習くらいですかね(笑)

NYでの取材は、そもそもあんまり質問を準備していったわけではないんです。その場で話しながら、その人が熱く語っている部分を掘り下げるという感じでした。そんな準備で、自分でもよく行ったなと思いますね。

 

アポなしツテなしで飛び込んだ、NYのスタートアップ取材

NYのスタートアップ取材は全て単独で実行されたんですか?

完全に一人でしたね。ツテも知り合いもいない状態でした。

やっぱり潜入取材って、一人が原則だと思ったんです。
例えば、何かあったときに「一人くらい入れてもいいか」となることも、団体だとなかなか難しいですよね。

あとはそもそも、自分ほどの熱量を持っている人が他にいなかったのもありますね。私は自分が興味を持った人たちに関しては、サービスを使い込んだりブログや本を読み漁ったり、かなりマニアックに調べるんです。そこまで興味を持てるのがおそらく自分しかいないと思ったので、一人で行ったという感じです。

ツテも全くない状態だったとのことですが、不安ではありませんでしたか?

そもそもNYまで行ったところで、本当に会ってくれるという確証は全く無かったので、その点は心配でしたね。事前に連絡は取るのですが、「いいね、ナイス!」みたいなノリで、本当に来ると思っていないんじゃないか、とか。
私は結構楽観的だったんですが、周りがみんな心配してくれていましたね(笑)

ただ、この点はクラウドファンディングを利用したメリットだと思うんですが、「NYに住んでいる友人を紹介したい」だったり、「プロジェクトを見ました」とNYの会社から直接連絡が来たりと、いろんな方から連絡をもらえたんです。
たぶん、ちゃんとできそうなメンバーを揃えてやろうとしていたら、こんなにたくさんの協力は得られなかったと思いますね。

なるほど。一人だからこそ、協力しようという人が現れたわけですね。

会社を訪問した時も一緒で、「こんな経緯で来ました、リエです」みたいな感じで話をすると、それ自体を評価してくれて。
全然アポイントが取れていないんだという話をすると、中にはすごく協力してくれる人もいたりして、たくさんの企業や人を紹介してもらいました。

すごく好意的ですね。スタートアップと聞くと、とても忙しくて断られそうなイメージがありました。

50社連絡して20社アポ取れました、という話とはちょっと違って、好意的にしてくださる会社が次へのハブとなって、紹介してくれるんです。しかも、私がいいなと思った企業のファウンダーの友人って、大体同じようにイケてるんですよね(笑)
そんな感じで、紹介→紹介→紹介……という感じで広がっていきました。

何かを達成したいという思いに対して、それに伴うアクションと努力をしていれば応援してくれる人がいる、というのは、アメリカのすごく好きなところですね。

 

ユニオンスクエアで吐きそうになった経験も、「やり抜くしかない状況を作ろうと思った」

NYの取材の中で、辛かったことはありますか?

やっぱり最初は、慣れていなくて大変でした。そもそも取材や執筆って、経験があったわけではないので。
うまく聞き出さなきゃいけないというプレッシャーもあるし、取材以外でも、チャンスを逃さないためにすぐにメールの返事をしたりと、常に緊張状態だったので。1日が終わるとクタクタなんですよね。とにかく毎日、疲労がすごかったです。

一回、アポが5件重なった日がありまして、その日の夕方は本当にきつかったですね。ユニオンスクエアで吐きそうになりました(笑)

なかなか他の人が真似できることではないと思うのですが、江原さんがそこまでできるのは、なぜでしょうか?

歳をとってきたというのは、あるかもしれませんね。滅多にできることじゃないので、1つ1つを大切にするようになりました。

たぶん、自腹でもっと若い頃にやろうとしていたら、効果は1/3くらいだったと思うんです。だんだん年齢が上がってくると、危機感がベースとなってくるというか。
クラウドファウンディングを使って自分を追い込んだということも、それかもしれない。合計で300万円近く集めたわけだし、もう逃げられないですよね。やり抜くしかないという状況を作ろうと思っていて。

普通は「自分がもっと若ければやってもいいけど…」と考えると思います。それはむしろ、逆なんですね。

今だからこそできるとは思っていないですが、やっぱり自分なりのタイムリミット感を持っていることによって、早くアクションを取れるようになったと思います。

先ほども少し話した通り、グローバルなサービスを作りたいという思いがあります。NYへ行って、「いい話が聞けました。いろんな人に会えました」で終わってはいけないと思ったんですね。

若い時って、1回できたらその成果に満足して、次に繋げていくってことまで考えが及ばなかったりすると思います。今は、こんな発展をさせられそうだなとか、ここと繋げたら面白そうだなとか、同じことでも若い人とは全然違うアウトプットになると思いますね。

 

江原理恵が描く未来「グローバルで通用するサービスを作りたい」

今後は「グローバルで通用するサービスを作りたい」とのことですが、もう具体的なアイデアはあるんですか?

まだどうなるか分からないのですが、エンジニアのためのファッションビジネスをやりたいなと思っています。
サッカーのユニフォームみたいに、プロアスリートにはそれ用の服があるじゃないですか。そういう感じで、「コードが書きやすい服」みたいな、エンジニアのための服を作りたいんです。

エンジニアさんと聞くと、ファッションに無頓着な方が多いイメージですが。

ファッション的というよりは、「機能的」という意味合いですね。
それに、一般的にはオシャレに関心がないと言われていますが、それでもAppleのプロダクトが好きだとか、美的価値観ってすごく持っていると思うんです。

「今あなたが着ているその服は、なぜそれを選んだのですか?」って聞くと、結構理由があったりする。たまたまそこに自分の意思決定コストや学習コストを注いでいないだけなんだと私は思っているんです。

まあ、まだプロトタイプの段階なので、これからですね。グローバルに展開させたいので、これからも英語は頑張りますよ。まずは、アリアナ・グランデの曲を完全にマスターします(笑)

応援しています!江原さん、本日は本当にありがとうございました。