【3分でわかる】日本とフィリピンの関係について

日本とフィリピンの関係

フィリピン留学を考えているなら、日本とフィリピンの関係を知っておくと役にたちます。

どんな歴史を歩み、今どんな関係にあるのか。最低限の知識がないと、フィリピン人に対して失礼な態度を取ってしまうかもしれないし、恥をかく場面があるかもしれません。

まずは、フィリピンと日本がこれまで歩んできた歴史からチェックしておきましょう。

フィリピンと日本の歴史

フィリピンと日本の歴史

関係の始まりは16世紀以前

フィリピンと日本の関係は、16世紀の豊臣秀吉の時代の前から始まっています。貢物を送ったり、日本人をマニラに住まわせたりするなどの交流がありました。

その後、日本の鎖国によりフィリインとの国交は一時断絶。この頃、フィリピンはスペインによって占領されてしまいます。

そんななか、1898年に米西戦争(アメリカ対スペイン)が勃発。アメリカはフィリピンに対し、協力をすればスペインから独立させると約束します。

フィリピンの協力を得たアメリカはこの戦争でスペインに勝利します。フィリピンは独立を宣言し、フィリピン第一共和国が誕生しました。

アメリカ占領下のフィリピンと、日本の独立支援

しかしながら、この独立は表面的なものでした。アメリカは約束を破り、フィリピンを実質的に占領します。

フィリピンはアメリカに反感を抱き、この後10年以上にわたり独立のために戦い続けます。日本はこのフィリピンの独立運動を支援。武器購入の支援をしたり、革命将軍の亡命を受け入れたりしました。

またこの頃、多くの日本人が労働者としてフィリピンに移り住むようになります。要因の一つは道路建設。マニラとバキオを結ぶベンゲット道路は、フィリピンにおける日本人労働者の大きな功績です。

もう一つは農園経営。当時、重要産業のひとつであったダバオのマニラ麻栽培が人手不足に陥っていました。そこへ日本企業が進出し、産業を大きく成長させたのです。そうして、多くの日本人がマニラやダバオに移り住み、日本人街や日本人学校を形成していきます。

ただし、これは良いことだけではありませんでした。ダバオの先住民バゴボ人は、マカオ麻産業を始めた日本企業に、住む場所も仕事も奪われてしまったのです。彼らにとって日本人は侵略者にほかなりませんでした。

日本軍によるフィリピン占領、そして独立

1939年、第二次世界大戦が始まります。日本軍は東南アジアに進出し、1941年にはフィリピンに上陸。数ヶ月後にはフィリピン全土を制圧し、アメリカ支配下の政治体制を解体します。そして、独立を目指すフィリピンの革命軍と手を結びました。そしてフィリピン第二共和国という独立国家を樹立させたのです。

当初、日本軍はアメリカ支配から解放してくれる存在として期待されました。しかし結局のところ、日本軍の本心もフィリピンの支配にあります。それに気がつくと、フィリピンの中で日本軍に対抗する勢力が広がっていきました。

その後、1945年に日本が敗北する形で終戦します。日本軍はフィリピンから撤退し、フィリピン第二共和国も解体。その後、46年にフィリピンは正式な独立を果たしました。

フィリピンが親日国になるまで

その後、日本はフィリピンに対して1900億円の賠償金を支払いました。同時に政府開発援助(ODA)を開始。これまでインフラや衣食住の整備、人材育成などさまざまな援助を行いました。この援助は今でも続いています。

また、経済的関係も深まっていきました。現在日本は、フィリピンにとって最大の輸出相手国であり、中国に次いで第2位の輸入相手国になっています。

このような背景から、フィリピンでは反日感情が次第に薄れていきました。2011年にフィリピンで行われた世論調査では、日本を肯定的に見ている人が84%を越えました。かつての日本のフィリピン占領が、アメリカ支配を終わらせたきっかけになった見方をする人もいます。現在では、世界で随一の親日国と言われています。

フィリピンから見た日本のイメージ

フィリピンから見た日本のイメージ
現在、フィリピン人は日本や日本人に対してどのようなイメージをもっているのでしょうか。フィリピンに生まれ育った30代女性に話を聞いてみました。

やはり日本人には、"shy"(内気な)、"hard-working"(勤勉な)という印象が強いようです。

日本がフィリピン支配をしていたことに関しては、次のように話します。

彼女の祖父母は、日本に占領された時代に生きていました。「日本の支配は他の国よりはマシだった」という話を聞いたことがあるそうですが、その理由については聞いたことがなく、特に興味をもたなかったと言います。歴史にとらわれない姿勢が伝わってきます。

「今の日本には、ポジティブなイメージをもっている人が多い」というのが彼女の印象。フィリピンには親日派の人が多いのは、たしかな事実のようです。

おわりに

今では親日国と呼ばれているフィリピンですが、かつての日本による占領で多くの犠牲者を出しました。

いくら賠償金を払っても、今のフィリピン人が恨んでいなくても、悲惨な過去がなくなるわけではありません。占領した側の国民として、この事実をきちんと認識しておくことは最低限の礼節だといえます。

フィリピンに留学するときには、歴史と関係性を理解し、礼節をわきまえた行動を取れるようにしたいですね。