皿洗いから億万長者へ!情熱と努力でアメリカン・ドリームを実現した移民たちの話【デイリーニュースで振り返る2017 vol.13】
こんにちは、エリックです。
DMM英会話の大人気教材である『デイリーニュース』から毎回気になるニュースをピックし、英語のポイントだけでなく文化や歴史、イマの社会情勢などにも触れながら紹介する『デイリーニュースで振り返る2017』。
今回は『皿洗いから億万長者へ、エチオピア難民がアメリカンドリームを実現』です。
自由の国アメリカにおける成功の概念「アメリカン・ドリーム」。均等に与えられるチャンスを活かし、努力と勤勉で誰でも成功をつかむことができるという考え方です。
それはアメリカで生まれ育ったアメリカ人だけでなく、世界中から集まる意欲あふれる若者、外国出身の移民も同じです。現在ではトランプ政権により、「平等」の立場とは言えない難民にも、その夢を勝ち取った者がいます。
今回のニュースはエチオピアからアメリカへ移り住んだ難民が皿洗いから億万長者へ上り詰めた、話題のサクセスストーリーです。
本記事では他にもアメリカ以外の国出身の「移民」に焦点を当てて、アメリカン・ドリームを実現させた例について見ていきたいと思います。アメリカでの成功を夢見る人にはぜひ読んで欲しい内容になっています。
皿洗いから億万長者へ、エチオピア難民がアメリカンドリームを実現

"From Dishwasher to Millionaire, Ethiopian Refugee Achieves American Dream"
「皿洗いから億万長者へ、エチオピア難民がアメリカンドリームを実現」
October 7, 2017
上記記事より英文を一部抜粋し、解説していきます。
※全文はこちらからご確認いただけます。
- 【ニュース本文】
- <英文>
Tashitaa Tufaa first arrived in Minneapolis from Ethiopia in 1992. He came to the U.S. as a refugee. Tufaa had been a school teacher in Ethiopia and was also active in politics. - In the U.S. he had several jobs, but dishwashing and factory work were not enough to provide for his family. He took an evening and weekend job as a shuttle bus driver, transporting senior citizens and people with disabilities to and from work.
- Afterwards he worked as a taxi driver and eventually decided to start his own transportation company.
- <和文>
タシタア・ツファアが初めてエチオピアからミネアポリスに到着したのは1992年だった。彼は米国に難民としてやって来た。ツファアはエチオピアで学校の先生をしていて、政治活動にも熱心だった。 - 米国ではいくつかの仕事に就いたが、皿洗いや工場労働は家族を養うには十分ではなかった。彼は夕方や週末にシャトルバスの運転手の仕事をし、高齢者や障害を持つ人たちの職場への送迎をした。
- その後、タクシーの運転手として働き、最終的に自身の運送会社を立ち上げる決断をした。
解説
"refugee" は「難民」という意味。最近のアメリカに関するニュースではよく聞く単語です。
"senior citizen" は「高齢者」、"people with disabilities" は「障がい者」という意味です。これらを "old person/people" や "handicapped" のような言い方をすると不快に感じてしまう人もいるので、注意しましょう。
詳しくはこちらの記事もどうぞ:"policeman" は差別的?海外に行くなら知っておきたい "Politically Correct" な英語表現について
- 【ニュース本文】
- <英文>
Tufaa began delivering handwritten letters to public school districts seeking contracts. He started with a minivan transporting homeless children. - The service was rated as excellent by public school districts and the business grew.
- Tufaa now manages nearly 300 buses and vans that take children to schools across the state.
- The road to success hasn’t been easy, but Tufaa believes his experience shows that if you work hard, anything is possible.
- <和文>
ツファアは手書きの手紙を地区の公立学校に配り、契約相手を探した。彼はまず、ホームレスの子供たちを運ぶミニバンの仕事から始めた。 - そのサービスは地区の公立学校から素晴らしいとの評価を得て、ビジネスは拡大していった。
- ツファアは今や、州の全域で子供たちを学校へ運ぶ、300台規模のバスやバンを経営管理している。
- 成功への道筋は容易ではなかったが、ツファアは努力すれば何事も可能であるということを自身の経験は示していると信じている。
解説
"road to success" は「成功への道」という意味で、よく使われる表現。
例として、下はファションデザイナーのトミー・ヒルフィガー氏の言葉です。
The road to success is not easy to navigate, but with hard work, drive and passion, it's possible to achieve the American dream.
「成功への道は平坦ではないけれど、努力、気力、そして情熱があれば、アメリカン・ドリームを実現することは可能だ」
アメリカン・ドリームとは

今回のニュースの中心である「アメリカン・ドリーム」。日本でもよく聞く表現だけに、その概念を知っている人は多いのではないでしょうか。
一般的には、すべての人に平等に機会が与えられ、誰でも情熱や努力次第で成功を手にすることができるという理想や精神のことを指します。
夢の歴史
18-19世紀のアメリカには、ヨーロッパに比べて出身や身分に左右されない平等で自由な環境があり、成功を求めて多くの人が新世界に渡りました。
さらには、1848年にカリフォルニアで金が発見されゴールド・ラッシュが始まると、多くの人々が一攫千金を狙って殺到し、「カリフォルニア・ドリーム」なんて言葉も誕生しました。
1931年にフリーライターのJames Truslow Adams氏が書いた「Epic of America」という本の中で "American Dream" というフレーズが登場したことから一般に広まったともされています。
この概念は、アメリカの独立宣言書("Declaration of Independence")の、すべての人間は産まれながらにして平等であるということ("all men are created equal")、そして、生命、自由、および幸福の追求("life, liberty, and the pursuit of happiness")の権利に拠ります。
しかし歴史を通して、アメリカン・ドリームは矛盾していることも多々ありました。白人の夢を実現させるために、先住民族や黒人たちが夢見る権利を奪われていた時代があったのです。
そんなアメリカン・ドリームですが、現在では様々な理由から、その概念自体がすでに「死んだ」(実現可能ではない)という人もいます。その一人が現大統領のドナルド・トランプ氏。
下はトランプ氏が大統領に当選する前に投稿したものです。
Sadly, the American dream is dead. But if I ever get elected president, I will bring it back, bigger and better than ever. •DJT
Posted by Donald J. Trump on Saturday, July 9, 2016
残念ながら、アメリカン・ドリームは死んだ。しかし、私が大統領に当選したなら、今までで一番大きく、素晴らしい形で復活させる
成功を勝ち取った移民
完璧とは言えないアメリカ合衆国の社会ですが、「成功を得るチャンス」が努力次第で手に入るシステムがあることは事実でしょう。
アメリカには、自身の出身国よりも豊かな生活を求めてやってきた移民や、逃げるように渡米してきた難民など、様々なバックグラウンドを持った人々がいます。トランプ政権になった今、移民に厳しい状況が続くことが予想されます。
しかし、少なくとも2016年のフォーブス400(アメリカの長者番付)を見る限り、アメリカン・ドリームは外国出身者にとって「生きている」と思わざるを得ません。なぜなら、長者番付の400の枠のうち、42枠が移民なのです。
アメリカの帰化市民の割合が総人口の6%であることを考えると、フォーブス400の同割合が10.5%というのは、非常に優れた実績であると言えます。
ここでは、その中でも著名な人物3名と、その経歴をご紹介します。
トーマス・ピタフィ
ハンガリー王国出身のトーマス・ピタフィ氏はブダペストの病院の地下室で、ソ連による空襲の最中、生まれました。
その後共産主義に苦しめられ、「ほとんど囚人だった」と当時を振り返るピタフィ氏は、20歳でハンガリーからの脱出のため西ドイツへの短期ビザを利用。ビザが切れた後、ハンガリーには戻らず、1965年にアメリカへ渡りました。
お金もなければ英語も話せず、他のハンガリーからの移民が集まるスパニッシュ・ハーレムと呼ばれる地域でアパートを転々としたそう。
測量会社で職を得ることができ、その会社がコンピューターを購入した際にプログラミングを覚え、やがてウォール街の小さなコンサルティング会社でプログラマーとして働き始めます。1970年代後半には20万ドルを貯め、株式の電子取引を行う会社を設立。
現在では資産総額126億ドルとなり、フォーブス400では32位(2016年)にランクインしたピタフィ氏は以下のようにアメリカを表現しています。
It was a big deal to leave home and my culture and my language, but I believed that in America, I could truly reap what I sowed and that the measure of a man was his ability and determination to succeed. This was the land of boundless opportunity.
「自分の国と文化と言語を離れるのは大変なことだったけれど、アメリカでは、自分で蒔いた種を自分で刈り取ることができ、人の尺度は能力と成功する意志の強さであると本当に信じていた。ここは無限のチャンスがある国だったんだ」
ドン・チャンとジン・スク
韓国からの移民であるドン・チャン氏とジン・スク氏夫婦がアメリカに降り立ったのは1981年。軍事クーデターが起きたり、戒厳令が敷かれたりと混乱の時代だった祖国を離れての渡米でした。
当時22歳だったチャン氏は、土曜日に到着後すぐに新聞の求人広告で職を探し始め、月曜日の朝にはコーヒーショップで皿洗いをしたり、朝食を作ったりして働いていたそう。
最低賃金の3ドルで働いていた彼は、それだけでは暮らしていけないのでガソリンスタンドでさらに1日8時間働き、その上オフィスクリーニングの商売を始めます。ジン・スク氏は美容師として働いていました。
ガソリンスタンドで仕事をしている中で、衣料品業界で働く人の多くは高級車に乗っているということに気づき、洋服店で働くことを決意します。その後数年で資金を貯め、Fashion 21 という店を開きます。
これがのちに世界有数のファストファッションブランド、Forever 21 になります。
Forever 21 の成功でいまやフォーブス400の222位(2016年)にランクインしているチャン夫婦。まさにアメリカン・ドリームを実現したドン・チャン氏は、アメリカが与えてくれた環境に対して以下のように述べています。
I came here with almost nothing. I'll always have a grateful heart toward America for the opportunities that it's provided me.
「ほとんど一文無しでここに来た。チャンスを与えてくれたアメリカに常に感謝しています」
セルゲイ・ブリン
最後は言わずと知れた、Googleの共同創業者のセルゲイ・ブリン氏。
彼はソビエト連邦モスクワでユダヤ人の家系に産まれ、6歳の頃に、ユダヤ人に対する差別から逃れるため家族と渡米。
スタンフォード大学在学中にラリー・ペイジ氏と知り合い、博士課程を休学中にGoogle社を共同設立しました。
フォーブス400に掲載されている移民の中でトップ、全体の10位(2016年)にランクインしています。アメリカ社会にいかに移民が大きな影響を与えているか、最もわかりやすく体現している人物ではないでしょうか。
下は、2017年初頭にトランプ大統領が発令した入国禁止令を受けて、ブリン氏が自身の渡米について話したときの言葉。
[…] so many people were obviously outraged by this order, as am I myself, being an immigrant and a refugee. […] the US had the courage to take me and my family in as refugees. […] this country was brave and welcoming and I wouldn’t be where I am today or have any kind of the life that I have today if this was not a brave country that really stood out and spoke for liberty.
「[…]移民であり難民である私を含め、今回の発令に多くの人が明らかに激怒した。[…]アメリカは私と私の家族を難民として受け入れる勇気があった。[…]この国は勇敢だった、そして歓迎してくれた。この国が勇敢で、自由を強く支持する国でなかったなら、私は今ここにいないだろうし、このような人生を送ってもいなかっただろう」
まとめ
多くのアメリカ人、そして外国から集まった移民や難民が夢見る「アメリカン・ドリーム」。
今回ご紹介したピタフィ氏、ブリン氏、チャン夫婦が何かを逃れるように渡米した一方で、生活には困っていなかったけれど、アメリカに大きな可能性があると信じて移住した人々もいます。
例えば、現テスラ・モーターズCEOのイーロン・マスク氏はその一人。南アフリカで生まれ育ち、10歳の頃から独学でプログラミングを学んでいたという彼は、今や世界最高の起業家とも言われるまでになりました。
ちなみに、フォーブス400に名を連ねる億万長者の中には現アメリカ大統領のドナルド・トランプ氏もランクインしており、37億ドルで156位(2016年)となっています。
また、1位はみなさんご存知ビル・ゲイツ氏。2位に100億ドル以上の大差をつけて、23年連続(2016年時点)の首位でした。
日本で「アメリカン・ドリーム」と言えば、最近話題になったのがお笑いコンビ「ピース」の綾部祐二氏の渡米。
今日、綾部さんを成田空港まで見送りにいきました。ついにアメリカです。綾部さんのTシャツには、『AMERICAN DREAM』という文字がありました。相変わらずです。僕も頑張ろう。 pic.twitter.com/uBYbhDy3SR
— 又吉直樹 (@matayoshi0) October 11, 2017
無事ニューヨークに到着されたそうなので、ぜひ成功をつかんで欲しいですね!
ニュースを読むだけでなくその文化的な背景を知ること、より深く理解することで、英語学習もより楽しくなるのではないでしょうか。
今後もデイリーニュースで楽しく英語を勉強していきましょう!
【参照】
6 Immigrant Stories That Will Make You Believe In The American Dream Again
'Outraged by this order' — here's the speech Google cofounder Sergey Brin just gave attacking Trump's immigration ban