質問:やりたいことがわかりません。リオさんならどうしますか?【新井リオの『Q&ABC』vol.25】

QABC25

Q&ABCは、『英語日記BOY』著者の新井リオが、「英語・海外生活」にまつわるみなさんからの質問に答えていく連載です。

(質問はこちらからできます。)

第25回のテーマは「海外生活を通して僕たちが得るものと、やりたいことのわからなさ」についてです。

【質問(りりーさんより)】
こんにちは。初めまして。今現在派遣社員として働いている21歳の女です。私は高校卒業後大学には入学せずに18歳〜19歳の1年間オーストラリアにワーキングホリデーに行きました。

とても大変なこともありましたが自分自身強くなりました。すごくいい経験になり、帰国後地元の九州に帰らずずっと住みたかった東京に住み、今現在は都内でなんとなーく働いていますが、リオさんみたいに生き生きとやりたいこと、自分の好きなことがやっぱり分からず、ただ日々を過ごしています。

何をしたらいいか分からないまま今年で22歳になりますが、周りは就活をしていて、だんだん将来が決まっていき、いまだに自分は何をしたらいいかわからない、ただ日々焦燥しています。

なんとなーくまあ海外に行きたいなーとも思っていますが、また海外に行ってこれといってしたいことがないです。

こんな自分が本当に嫌になります。リオさんならどうしますか? こんな質問ですみません。ただ、リオさんの生き方、考え方がすごく好きで、リオさんの意見を聞かせていただきたいです。

海外生活はなぜあんなに輝いているのだろう

りりーさんがそのように言ってくださる僕の今の生活ですが、実態は、というか個人的な体感としては、21歳でカナダに旅立ち一人で生活を切り開いていったあの2年間に比べれば、決定的な何かが足りないような感覚が日本に帰国してからずっとあるんです。

海外生活ってなんであんなに輝いているんですかね。

これまでさまざまなことをやってきましたが、「自分の力で海外に住む」という行為は、人生でやったことのなかでも最上位の、あまりにも素晴らしい経験でした。

順当にキャリアを重ねてきて、仕事、生活、経済状況、どれをとっても一応当時よりは良くなっているはずなのですが、それでも超えられない次元の違う幸福のようなものが、海外生活にはあるんです。

特に僕たちのような人にとっては。

僕はカナダで、人生にはまだ、こんな感情が残っていたのかと思えるような眩しい日々を味わいました。

もちろん大変なことは山ほどあります。でも、僕にとってはそれほど「自分の力で海外に住む」という行為が人生において重要なんです。これは決して珍しいことではなくて、こういうタイプの人って一定数いると思うんですね。

もしこれを読んでくださっている方のなかに、「いつかは海外に住みたいけど不安で…」となかなか踏み出せない方がいたら、僕は、本当に、一度で良いから踏み出してみてほしいと強く思います。

あんなに素晴らしい日々を「初めて体験する」という経験がまだ人生のなかに残っている方たちを羨ましく思うほどです。

一人で海外生活を始めることで、僕たちは何を得るのか

では、「一人で長期間海外に住む」という経験を通して僕たちは本当に何を得ているのか。

ほとんど言葉では説明できないような感情ですが、なんとか近い言葉を探して書き出してみます。

海外生活の良さといって一番に思いつくのは、「自分世界」をついに自分で構築することができるということでしょうか。

日本に住んでいると、日本の常識によって、日本色にコーティングされた自分を生きているような感覚があります。

しかし、そんな人が、例えばアメリカに移住したとします。

すると、自分という人間は日本色でコーティングされているのに、それを取り囲む世界はアメリカ色をしているので、最初は異世界に来てしまったかのような、孤独な感覚になることもあります。

ちょっとわかりづらいかもしれないので、絵を描いてみました。

仮に、日本を青、アメリカを赤とします。

この状態でしばらく生活していると、日本で培った青に、現地の赤が混ざってきて、次第にコーティングが、この場合は紫のような色になってきます。

(ちなみにコーティングとは、常識と言い換えていいと思います。)

この時点で、日本にいたときの自分とも、現地のアメリカ人とも違う、独自の常識が生まれている状態です。言葉通り、自分の常識が変わっていくんです。

この自分を取り囲む常識を僕は「自分世界」と呼び、世界のどこにもない、私だけのユニークなカラーになった自分世界を構築していくのが、「一人で海外に飛び込むこと」の醍醐味だと思います。

そして、「自分世界」を持っている人はかっこいいんです。

海外生活がこんなに輝いて見えるのは、さまざまなプロセスを乗り越え、ついに「自分世界」を持ち始めた人たちのかっこよさが、本当に眩しいほどに輝いて見え、自分もそうありたいと強く憧れるからなのですかね。

「自分世界」があると何がいいのか

また、「自分世界」がある人は強いです。

なぜなら、さまざまな物事の判断基準を自分のなかに持つことができるからです。

例えばりりーさんは、

何をしたらいいか分からないまま今年で22歳になりますが、周りは就活をしていて、だんだん将来が決まっていき、いまだに自分は何をしたらいいかわからない、ただ日々焦燥しています。

と相談してくださいました。この「22歳前後で正社員になるための就活をする」というのは限りなく日本の常識のなかの出来事であって、世界の共通事項では決してないですよね。

これ、このような常識がそもそも存在しない世界に生まれたら、悩むことのなかった悩みだと思いませんか?

僕自身、ちょうど21〜23歳をカナダで過ごしましたが、同年代の現地の友達で正社員として会社に勤めている人は本当に数人で、残りのほとんどの友人が、やりたいことを探すためにバイトをしていたり、大学に通い直したり、旅をしたり、海外に移住したりと、独自の時間を過ごしていました。

カナダ人の若者がみんな進路で悩まないというわけではありません。みんな、それぞれに悩みはありました。

ただ、「22歳(大学4年生)になったら就活だよね」という概念がそもそも存在しない国で育っているので、例えばこの年齢で就活・就職をしていなくても、「一般の道から外れてしまっている」という感覚は生まれにくいんです。

このように、世界のあらゆる常識に触れ、「こっちでは神格化されているようなルールも、あっちではほとんど無意味じゃないか」といった気づきを積み重ねていくと、「なんだかもう、結局は自分が良いと思うものを信じるしかないじゃん」という、一種の悟りといったら大袈裟ですけど、混沌の世界を生き延びるタフさが生まれると思うんです。

このタフさの獲得だけを目的に、とりあえず海外に飛びこんでしまってもいいくらいです。

そういう意味で、せっかく海外に行くなら、すべて日本のエージェントに斡旋してもらう安心安全ツアーのような語学留学よりも、できれば自ら現地に行き、自分で家を探し、生活を作っていくのがいいと思うんです。

学校に通うにしても専門的なことをしかるべき機関で学び、働くなら、自分で履歴書を応募し、自ら掴み取るような仕事ができると理想的ですよね。

「やりたいことがわからない」に対する回答

「やりたいことがわからない」という質問、この連載フォームにも数多く届きます。

僕も仙人ではなくまだまだ悩み続ける一若者で、あまり達観したような答えは言えないので、あくまでも僕自身の個人的な話として以下、聞いてください。

僕がなんとなくずっと思っているのが、本当はやってみたいことがあるのに、「自分にはできなそう」という実現可能性の部分を気にしすぎて無意識的に諦め、「(今の自分でも手が届きそうな)やりたいことは…ない」と結論付けてしまっているのではないか? ということです。

極論、例えば「英語と海外と音楽」が好きな人は、もしアメリカの好きな音楽レーベルで、大好きなアーティストと英語を使って働けるなら、今の日本での生活と比べると、夢みたいに幸せだと思いませんか?

でも、これってすごく難しそう。こんな私にできるかどうか、自信ないなあ。なんだか規模も大きくて周りに言うのも恥ずかしいし。うん、これはちょっと、現実的ではないのでやめましょう!

…みたいな判断を、無意識で行っているのかもしれないと思うんです。

その結果、「(今の自分でも、ちょっと背伸びしたら手が届くような、周りに言っても恥ずかしくない、実現する可能性がそれなりに高いという条件を満たした)やりたいことがない…!」みたいなことになっているのかなと。

このような方に伝えたいのは、現時点で何ができるかはあまり関係なくて、地道な勉強と練習を積み重ねることで、どんなことでも着実にレベルは上がっていくという事実にもう少しちゃんと期待してもいいのではないか? ということです。

もっと言います。

1年間真剣に勉強して、今よりも下手になってしまうことは不可能なんです。その対象に本当にちゃんと向き合えば、僕たちは勝手に上手くなってしまうんです。僕はそのくらい、勉強のパワーを信じているんです。

今からなんでも思うがままに上手くなれるとして、何をやりたいですか?

つまり、「やりたいことは何ですか?」ではなく、「今からなんでも思うがままに上手くなれるとして、何をやりたいですか?」という質問だったら、もう少し答えの幅が広がりそうな気がします。

それでも答えが出ない方は、おそらく、いま想像している以上に、もっと自分を解放してみてください。

家族も友達も過去も現在もすべて忘れて、未来のことだけ考えてください。今から再び赤ちゃんになって、まったく新しい人生が今日から始まるイメージを、頭のなかで真剣にして、この問いに向き合うんです。

そうして出てきた自分の本心を信じて突き進んでみるんです。

笑っちゃうような大きな夢でもいいじゃないですか。なんか、かっこいいじゃないですか。

「本当に叶うのかな」と不安になってしまうような夢でも、「いや、待てよ。もし、万が一本当に叶うなら…」と考え始めてワクワクできるのなら、とりあえずはそれを目指してみれば良いと思うんです。

生涯をかけて本当にやりたいことなんて、今すぐわからないんですよ。
でもまずは、なんでも良いからがむしゃらにやってみないと何も始まらないんです。

すると、次第に目が良くなるといいますか、解像度が高まってきて、まったく新たな「これだ!」と思えるやりたいことが見つかってきたりもします。

また、気付いたら当初とは全然違うことをやっていた、という可能性も大いにあります。でも、一度は真剣に夢を追いかけた結果なので納得できるし、それはそれで、おーイイじゃん! となったりするんです。

僕自身、10代の頃はバンドで売れようとギターを頑張っていたはずなのに、今はイラストレーターで、さらに作家としてDMM英会話で連載を書いていて、自分でも本当に不思議なんです。

でも、すべての発端は、「どうなるかわからないけど、バンドを本気で頑張りたい」と暗闇のなかで走り出した努力の集積なんです。

すべてが繋がって、今ここに立っていることをひしひしと感じます。

もちろん怖さはありました。というか今も怖いです。でも、こんなに自分に真剣に向き合ってついに光り出したやりたいことの欠片を無視しながら生き続けることの方が僕は怖いんです。

もちろん練習すればすべての夢が叶うわけではありません。でも、自分を信じて突き進むその道のりには必ず意味があると思います。真剣に生き続ける人にはチャンスや救いの手が伸びてくると信じたいんです。

さいごに

自分も毎日悩んでいるのに偉そうなこと書くなよという自分と戦いながら今回の文章は書きました。

そう、やりたいことが見つかったところで、また新たな悩みワールドに突入するんですよね。

でも、このワールドで生まれる悩みは、なんか…良いよ〜!

悩む価値がある悩みであることがリアルタイムでわかるんです。うん、これなら悩もうじゃないの! みたいな。

このとき、外面的な部分、例えばその瞬間に稼げるお金とか、生活の質とか、まわりからの評価は一時的に止まってしまうこともあります。

でも、もっと内面的な部分というのかな、「私の人生が…動き出していることに…この世で私だけが気付いている…!」というこの感じは、他の何にも代えることができない、美しくてピュアな感情なんです。

僕は来年からイギリスでアーティストとして挑戦したいのですが、本当にまだなんの繋がりもなく、イギリスで僕のことを知っている人なんて一人もいなくて、せっかく日本で仕事をいただき始めた今、それを手放すように日本から離れていくことをもったいないと助言をくれた先輩もいます。

そういった、「リスクがあるからやめたほうがいい」「ダメかもしれない」の部分に注目しようとしたら、上手くいかない未来を無限に想像することもできるなかで、それにも関わらず、努力をやめないで真剣に挑戦し続けたら叶うかもしれない1mmの可能性が、僕にとってはあまりにも魅力的で、こちらを選んでみたいんです。

新井リオへの質問はこちらから

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