西東 たまき
(更新)
絶え間なく生み出される数々の新語を追加収録し、時代に合わせて進化する辞書。
日本語の辞書は改定ごとに、数千~1万にも至る大量の新語が追加されています。英語の辞書も同様です。
新たに加わった言葉を見れば、その時々の流行や社会の動きが反映されていることに気付くでしょう。
ここでは、2019年上半期に英語辞書に追加された英単語には、どのようなものがあるのかを紹介していきます。
特に目立つのがジェンダーに関わる言葉です。性別やその伝統的な価値観を飛び越え、「自分らしく生きる」ことが重視されるようになってきた最近の流れの反映と言えるでしょう。
“fireman(消防士)” は“firefighter”、“chairman(議長)” は “chairperson” といった具合に、男性(man)を想定している従来の表現に代わり、性別を区別しないニュートラルな言い換えが進んできた動きは新しい話ではありません。
そして今回、「人類」を意味する単語 “mankind” に対して新たに加わったのが “peoplekind” という新語です。
2018年、カナダで行われた対話集会で、ある女性が発言の中で “mankind” という言葉を使いました。ジャスティン・トルドー首相はその発言を即座に遮り、「“mankind” の代わりに “peoplekind” という言葉を使いませんか?」と提案。当の女性を含め、会場の参加者たちから称賛を受けたという一件もありました。
こういった、性別を区別しない中立的な表現を “gender-neutral” な表現と呼びます。
「誤り」という意味を持つ “mis-” と “gender(ジェンダー)” が一体になった新語です。「ジェンダーの区分を間違って表現してしまう」ことを指します。
例えば、多様性(ダイバーシティー/diversity)に関する意識が高い環境では、自己紹介のときに自分を “he” と呼んで欲しいか、または “she” と呼んで欲しいかを指定したりすることがあります。
“My name is 〇〇, my pronoun is he/she”(私の名前は〇〇です。呼ぶときは「彼/彼女」を使ってください)” といった具合です。名前と性別が必ずしも一致していないケースがある場合を考慮してのことです。
使い間違ってしまうと “misgendered” となります。
イタリア語、スペイン語、フランス語など、名詞が「男性名詞」「女性名詞」のように性別に分かれている言語があります。
例えば、スペイン語では語尾が “o” で終わる単語は「男性名詞」、“a” で終わるものは「女性名詞」というのが基本ルールです。
「アミーゴ(amigo/友達)」という言葉はよく知られていますが、これは男性の友達のことで、女性の友達は “amiga” と呼び分けるのが正解です。
同じ要領で、英語で「ラテンアメリカ人」を指すときは、性別ごとに “Latino(ラテンアメリカ人男性)” ないし “Latina(ラテンアメリカ人女性)” という言葉が使われます。
しかし、特定の性別にこだわらずラテンアメリカの人を表現したいときに便利なのが “Latin@” という表記です。@(アットマーク)なら “a” にも “o” にも見えますよね!
“Latin@” という表現は確かに面白い発想ですが、どう読むべきかという問題は解決していません。そこで使いやすい新語が “Latinx” です。「ラティーニクス」のように発音します。
こちらは、語尾に「未知」を意味するアルファベット “X” を使うことで、性別を特定しない表現になっているものです。
“he/she” の区別をなくそうと考えるなら “his/him/her” などの区別もなくそうとの発想が生まれてくるのは必然です。
“hir” または “zir” を使えば “his or her(彼または彼女の)” や “him or her(彼または彼女に)” といった、まどろっこしい表現をする必要もなくなるという訳です。
ジェンダーだけでなく、さまざまな分野で区分けを越えた発想が広がっています。
“boundary” は、「境界、ボーダーライン」の同義語です。「~を越えて」という意味を持つ接頭辞 “trans-” が付いたこの言葉は「境界を越えた」という意味の形容詞です。
「言語の境界を越える」ことを表現するのがこの言葉です。
“bilingual(バイリンガル/二言語話者)”、“trilingual(トリリンガル/トライリンガル/三言語話者)、“multilingual(マルチリンガル/多言語話者)” などの言葉が知られていますが、新たに辞書に加わったのは “translingual” です。
「舌、言語の」という意味を持つ “lingual” に “trans” が付けば、「複数言語を自在に切り替えながら話せる」ことを意味します。
40を超える数のスコットランド語(Scots)*がエントリーしたことも今回の特徴です。軽くいくつか挙げてみましょう。
*スコットランド語:スコットランド及びアイルランドのアルスター地方で話されている言語の一つ。スコットランド英語に含まれる場合もある。
「バランスの取れた、平等な」
「見栄っ張りな、思い上がった」
そもそもはロバやラバの鳴き声を表す擬声語ですが、「何もない/皆無」という意味合いが追加されました。
「チューブ(tube)」という既存の言葉に追加された新しい意味は、 “stupid/idiot(馬鹿)” というものです。
“coupon(クーポン)” には、「人の顔/表情」といった意味が加わりました。
名詞が動詞化した言葉は面白く、便利です。2つピックアップします。
ウェブサイトにある「お気に入り(favorite)」は、気に入ったサイトなどを一時的に保管し、後で簡単にアクセスできる便利な機能です。
日本語では「お気に入りに登録する」と表現しますが、英語なら “favorite” のひと言で済んでしまいますよ。英語の “favorite” は、名詞(お気に入り)であり、動詞(お気に入りに登録する)にもなるのです。
農地などがバッタ(grasshopper)の被害に遭ったときは、“grasshoppered(バッタに荒らされた)” のひと言で表現できます。
最近の社会で力強い流れになって来ている「ジェンダー」に関する表現を中心に、英語辞書に追加された新語をご紹介しました。
このほか、日本ではすっかりポピュラーになっている "electric bicycle/e-bike(電動アシスト自転車)" が今回エントリーしていますし、「見た目がシマリス(chipmunk)に似ている」、あるいは元気が良くていたずら好きといった「シマリスっぽいキャラクター」の人を意味する “chipmunky” なんて楽しい表現も入っています。
この世にはすでに数えきれないほどの言葉が存在しており、英語学習者はそれらを一つでも多く覚えようと苦労しているわけですが、ときには生まれて間もない最先端の言葉をチェックしてみるのもいかがでしょう?!