K. Inoue
(更新)
こんにちは、英語講師の井上勝博です。
英語学習者の方々から「多義語がなかなか覚えられません」と相談を受けることがしばしばあります。
一つの単語であるにも関わらず多くの意味を持つ多義語は、機械的に暗記しようとすると苦痛を伴いますし、あまり面白くもありません。
単語帳を広げてみても、いかにも「暗記しなさい」と言わんばかりに日本語訳が羅列されているだけのような教材も多く、なかなか芯から頭の中には入ってこないこともよくあります。
では、どうすれば多義語をより効率的に、しっかりと頭の中に残していくことができるのでしょうか?
以前『「スパムメール」はあの肉の SPAM から来ている?飲みの席で披露したい英語の雑学6選』で、いろいろな単語や表現の意外な由来や語源について書かせていただきましたが、由来や語源というのは、言いかえればその単語や表現の意味のスタート地点です。
意味のスタート地点が見えれば、「なぜ現在私たちがその単語や表現を、その意味で使っているか」を理解することができます。
多義語は一見すると1つの単語に複数の意味が脈絡なくただくっついているだけのように見えるかもしれませんが、実際には1つのスタート地点から様々な方向に枝分かれしているだけ、ということが少なくありません。
つまり多義語のスタート地点を知ることも、単に雑学的な興味や関心のためだけではなく、しっかりと納得しながら覚えていくためにもとても役に立つことだということです。
ここでは「なんでこんな意味にもなるの?」とよく質問が寄せられる多義語や表現を取り上げて、それぞれのスタート地点を探りながら意味の広がりを体験していただければと思います。
一見するとシンプルな単語である“fine”。
"I’m fine."「元気だよ」、という使い方が真っ先に思いつく方も多いと思いますが、実はこの単語はなかなかのクセモノで、辞書を引くと「良い」「元気な」「細かい」「巧みな」「罰金」などいくつも意味が載っています。
「え、そんなにたくさん意味があるの?」と驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、実際、上記のようないろいろな意味で “fine” は使われています。
a fine musician
「巧みな音楽家」
(技術が優れているニュアンスがあります)
Fine for Eating and Drinking Here
「この場所での飲食には罰金が科せられます」
(飲食しても良いという意味ではないので注意!)
では “fine” のスタート地点を探っていきましょう。
頭三文字 “fin” はもともとラテン語 “finis” に由来するもので、「終わり」を意味します。“finish” や “final” を見ても分かるように、「終わり」に通じる単語には “fin” がついていますね。
つまり “fine” も「終わり」の意味をもともと持っていたということです。そこをスタートに、様々な意味へと派生していきます。
たとえばあなたが何かを作っている場面を思い浮かべてみてください。美術品の創作やプラモデルなどの工作を思い浮かべると分かり易いでしょうか。
その作品を「作り終えた」とき、それはあなたにとって「完成されたもの」であり、完成されたものはきっとあなたにとって「良いもの」であるはずです。そこから「良い」とか「申し分ない」という意味に繋がります。
「元気」というのも、似たような流れを受けて体調不良や病気のない「身体的に完成した状態」を表すところに通じています。
「細かい」は、完成された良いものは「細部にわたって作り込まれている」というところからその意味が生まれていると考えてみてください。さらに細部にわたって作り込むことができるくらいの能力を「巧みな」と表すわけですね。
そして「罰金」は、違反などの処理を「お金を払って終わらせるもの」というところからきています。
「終わり」を出発点として、様々に意味や解釈が広がっていく様子をイメージすることができましたでしょうか。
個人的にとても興味深いのがこの “bar” という単語。
「棒」「障害」「法廷」「酒場」「牢獄」など、まるで似ても似つかぬ意味ばかり。一体どこから始まればこのような意味に広がっていくのでしょうか?
“bar” のスタート地点は「横たわる棒」です。ここからさきほどの “fine” のようにイメージを広げてみましょう。
目の前で棒が横たわっていれば邪魔だから「障害」。
障害物によって仕切りが多く置かれた場所ということで「法廷」(傍聴席をはじめ、原告側や被告側の人が座る位置、裁判官のいる席は仕切りや机によって分断されていますね)。
お客と店員がカウンターという仕切り越しにお酒を飲む場ということで「酒場」(ちなみに酒場のバーカウンターはもともと一本の木を切り倒したものであるため、その意味でも「横たわる棒」そのものを表しています)。
そして「牢獄」は牢屋の鉄格子を思い浮かべてもらえればお分かりいただけるのではないでしょうか。(ただしこれについては、普通は “behind bars”「バーの後ろにいる」、つまり「獄中に/で」という言い方で用いられます。)
このように、「裁判所」や「酒場」などには何の関連性もなさそうでも、「横たわる棒」をスタートに意味が連なっているわけですね。
TOEICでもよく登場する “charge” は「請求する」「料金」「責任」「告発する」「充電する」などの意味があります。
このスタート地点は「車に荷を積む」です。
何かを運ぼうとするときに利用する荷車を思い浮かべてください。積み込む荷物は当然どこかへ運ぶだけの価値がある物のはずです。
そこから「積まれた荷物へ支払う対価」という発想が生まれ、「請求する」や「料金」という意味に派生します。
また、荷物を運ぶ際には無事に目的地まで届ける「責任」が伴いますからこの意味が生まれ、さらに責任を全うできなかった場合には訴えられても仕方がありませんから「告発する」という意味でも用いるようになります。
そしてさらに別の角度から見ると、「車に荷を積む」行為は「荷台を物で満たす」ということですから「何かをためる」、転じて現代では「充電する」の意味になったというわけです。
「車に荷を積む」にまつわる様々な状況からたくさんの意味に広がったのですね。
海外などで "Smoke-Free" という表記を見かけたことはありませんか?
“free” は「自由」の意味だからと、“Smoke-Free” は「自由に喫煙してもいい」という意味だと勘違いしてしまう方は少なくありません。
多義語とは少し違うかもしれませんが、勘違いの多い表現ですので取り上げさせていただきます。
“free” のもともとの意味は「~が無い」という意味です。「自由」とは「自分を束縛するものが無い」状態のことを指しています。
「自由」の他に「タダ」「無料」という意味もよく知られていますが、これは「お金を支払う必要が無い」というわけです。
“free”を用いた他の表現には次のようなものがあります。
sugar-free
=「(食料品に)砂糖が無い」=「無糖」
ですから、“Smoke-Free” は「タバコが無いこと」ということで、「禁煙」となるわけです。
海外への旅行先で “SMOKE FREE” という看板を見て、そこで「喫煙可」だと思ってタバコを吸っていたら警備員に注意されてしまった・・・そんな話を聞いたことがあります。
とても勘違いしやすい表現ですので注意してくださいね。
最後にもう1つ、「~せずにはいられない」という意味になかなか結び付けにくい “cannot help ~ing” についてです。
「これはそういうものだから暗記するしかない」と思われた方も少なくないのではないでしょうか。
“help” の意味を探ると、「避ける」「取り除く」ということです。
一般的には「助ける」という意味で覚えている人が多いと思いますが、これはもとをたどれば「困難な状況を取り除く」という解釈が背景にあります。
「手伝う」と訳されることもありますが、これも考え方は同じで、たとえば宿題などのような「何かやるべきこと」を「誰かの手を借りて取り除く」ということからその意味に解釈されます。
I cannot help crying.
「泣かずにはいられないよ」
ですから、“cannot help ~ing” は「~することを避けることができない」という意味を表すことになるのです。
いかがだったでしょうか。
意味のスタート地点から連想しながらイメージしていくと、バラバラだったピースがまとめられ、ギュッと凝縮された本来の姿が見えてくる気がしないでしょうか。
「たくさん意味があって覚えられない!」と投げ出してしまう前に、このように連想ゲームのように意味を結びつけてあげると「なんでそんなにたくさん意味があるのか」という理由が理解できて、より効果的に覚えていくことができるのでお勧めです。
もちろん、全ての単語について深く探っていくことはとても手間がかかりますし、そこにこだわってばかりいては逆に非効率的になってしまうこともあります。
単に日本語訳を暗記してしまうだけでも十分受け入れられる単語も多くあるでしょう。
ただときには、この記事のような方法が覚えやすく便利だということも覚えておいてください。
今回ご紹介した多義語暗記法が、みなさんの単語学習の手助けになれば幸いです。