「石の上にも三年」 ではなくまずは 「好きな石」 を。アメリカと日本の教育・子育てにおける基本思想の違い

こんにちは。
アメリカ在住の Yumika です。

私の娘はアメリカで生まれ育った小学校2年生。
アメリカで子育てをしていると、自分が育ってきた日本のカルチャーとその教育のあり方の違いに毎日のように驚かされます。

ミクロレベルでは、学校で保護者のボランティアが担任の手足となってクラス運営に深く関わっていたり、校則というものがほとんど存在しなかったり、学習発表会や運動会など学校を挙げての大規模イベントがほとんど皆無だったり。

でもマクロレベルでのもっとも大きな違いは、その根底にある思想ではないかと思うようになりました。

そこで今回は、アメリカと日本の教育・子育てにおける基本思想の違いについて、私が感じていることをシェアしたいと思います。

アメリカ教育のベースにあるもの


アメリカの教育やしつけにおいては、『自分を知る』というテーマがその根底にあります。

『自分を知る』とは、『自分の好きなことを知る』『自分の感情を認識する』『自分にとって必要なものを知る』
ということ。

例えば習い事。「一度始めたらきちんと続けなさい」というのが日本式だとしたら、「やってみて楽しくなければ仕方ない。好きなものが見つかるまでいろんなものにチャレンジしなさい」というのがアメリカ流

私などは「石の上にも三年、という言葉があるでしょ」と言ってしまうのですが、まずは好きな石を探さないことには、ということなのでしょう。

『継続』に対する考え方

『継続する力』という言葉が日本でも注目を浴びるようになりましたが、これは英語で "grit" といいます。しかしこれは、日本語の『継続』とはニュアンスが違って、『忍耐』とか『根性』で無理矢理がんばり続けるということではありません。

一つのことに情熱を持ってやり続けることがスキルや知識の向上につながり、しいては成功をもたらす、ということ。

いわば『好きこそ物の上手なれ』ということなのです。だから、子どもの頃から自分の好きなことを模索することは、将来的な成功への必須条件なんですね。

自分の感情を認識し表現する


また『自分の好きなことを知る』ことと似て非なるのが『自分の感情を認識する』ということ。

これは相手の言動や自分のおかれた状況に対して、自分がどのような感情を持ったかを理解すること、そして、それをきちんと言葉で表すことができるということです。

私がアメリカに住むようになって一番苦労しているのは、実はこれ。もちろん、私にも感情の起伏はありますが、それぞれの感情を客観的にとらえたり言葉で表現するのは大の苦手です。そもそも、自分が今どんな感情を抱いているかなんて真剣に考えたこと自体ほとんどありませんでした。

日本では個人の感情よりも集団や社会との調和の方が優先されているので、自分の感情を認識することはおろか、それを人に伝えるというシチュエーションがあまりないような気がします。

一方、アメリカでは "How do you feel?" とストレートに感情を聞かれることがよくあります。特に、誰かが落ち込んだり怒ったりしている時などには、そう声をかけてあげることが思いやりだと思われているので、聞かれた方も複雑な感情をきちんと言葉にして返さなければなりません。

例えば子どもが次のように言ったとしましょう。

"I got jealous when I saw Mary had a new Barbie doll."
(メアリーが新しいバービー人形を持っているのを見て羨ましくなっちゃった)

こんな時、日本の家庭であれば「人のことを羨ましがるもんじゃありません!」と注意されるケースも多いかと思います。

しかし、アメリカではそうではありません。
怒りをぶつけたり感情的になったりせず、その時の(特にネガティブな)感情を率直に伝えることができたことに対して、「きちんと言えて偉かったね」と褒めるんです。

感情を言葉に表すことができれば、周りからの理解や協力も得られやすく、それが深い人間関係の構築にもつながります。

自分を知るための『タイムアウト』


また『自分の感情を認識する』ことができるというのは、ネガティブな感情を抱いた際などに、どうやって自分を静めたり落ち着かせたりできるのかを認識すること、つまり『自分にとって必要なものを知る』ことにリンクします。

アメリカでは、子どもが悪いことをしたり感情が高ぶっているときによく "time out(タイムアウト)" が使われます。

『タイムアウト』とは、しばらくの間、その場から離れて一人の時間を過ごすことで気持ちを鎮めることを指します。
自分の部屋などで一人になったり、外の空気を吸いに出たり、というのがよくある例です。

日本では子どもが悪さをしたとき、押入れに閉じ込めたり、家の外に出して鍵をかけたりするというケースも多いですが、これは懲罰的な側面が大きく、『タイムアウト』とは目的やそれが子どもに与える影響なども異なると言われています。

もちろん、『タイムアウト』以外の方法もたくさんありますが、自分にとってどの方法が一番効果的なのかを知ることが目的で『タイムアウト』はそれを早く見つけるためのきっかけになると言えるでしょう。
このように、アメリカで『自分を知る』ということが重視されている理由は、結局、それが将来的な幸せにつながるからです。

『自分の好きなことを知る』とは、『自分は何をしているときが幸せなのか』を理解することにつながるし、『自分の感情を認識する』は、『今、自分は幸せなのか、幸せではないのか』を認識することにつながり、『自分にとって必要なものを知る』ことは、『幸せではないときにどうやってそこから抜け出せるか』を考える力となります。

そして、これらを小さい頃から学んでいくことで、子どもたちは自然と自分にとって幸せとは何かを考えるようになり、またその幸せを自分でつかみ取るスキルを身につけていくのです。

“Tell me who you are.”


就職の面接や入試のエッセイ(小論文)などでよく聞かれる質問に次のようなものがあります。

これらの問いは卒業大学や成績、前職でのポジションなどの表面的な肩書きや、その仕事や学校で何を達成したいか、という目の前の目標を聞いているのではありません。

その個人が何を考え、何を求めてこれまでの人生を歩んできたのか、その仕事やその学校で勉強することがその人の人生においてどんな意味を持つのか、という人生哲学を聞いているのです。

そのストーリーがきちんと描けている人(=自分を知っている人)は仕事や学業においてもハイパフォーマンスを出せる確率が高い傾向にあります。収入アップや学歴をつけるためでなく、『自分の幸せ』につなげるために情熱をもって取り組んでいるのですから。

小さい頃から自分を知り、自分にとって何が幸せなのかを考える癖がついていると、この質問に答えるのもそれほど難しくはないでしょう。

日本で忘れられてしまったもの

一方で、小さい頃から『良い成績を取り、一流大学、しいては大企業や官庁に入ることが人生の目的』と刷り込まれ、『自分が何者なのか』、『自分にとって何が幸せなのか』は二の次、という風潮のもとで育った日本人にとっては、この質問に答えることはもとより、その意味を理解すること自体が難しいかもしれません。

日本流の人生の目的を達成するために、誰もが塾に通い、試験の成績をもとに「あなたはこの学校に行きなさいと決められ、その学校に入るためだけの試験テクニックを身につけたり暗記を中心とした勉強をしたりする。そして、そのことに子供時代のほとんどの時間を費やすのが当たり前となってしまった日本。

そんな日本では、家族や友達と一緒に思い出に残る時間を過ごしたり、新しいことに挑戦するなど、子どもらしい時間を過ごすことの価値が見過ごされてしまっているのではないかと感じます。

アメリカだって実は相当の学歴社会なので、子どもを名の通った大学に行かせたいと考える親は大勢います。

ただ、そこに行き着くまでに『自分が何者なのか』、『自分にとって何が幸せなのか』を考えさせようとする教育システムや社会の風潮、親の姿勢のおかげで、子どもたちも『(一流)大学に入ること』は自分で幸せをつかみ取るための方法の一つ、と考えられるようになるのです。

まとめ

いかがでしたか?

自分を知り、自分にとっての幸せを知る。

そのことが、何をしていても、どんな状況下にあっても、等身大の幸せを感じることができ、いくつになっても幸せを求めてチャレンジを続けることができるアメリカ人の強さとなり、しいては自由で革新的なアメリカ社会を創っていくのだとつくづく思います。

みなさんも一度、自分とは何か、何が自分の幸せなのか、ゆっくりと考えてみてください。